あなたたちのゲームから降りた日第1話
この話は約3117字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
大学受験をすべて終えた日、四人の幼なじみに誘われて、「真実か挑戦か」ゲームをすることになった。
私の番が回ってくると、つい最近、名家の実の娘だと判明して家に戻ってきた雨宮雛乃(あまみや ひなの)が、みんなに「第一志望を公開する勇気はある?」と持ちかけた。
四人が順番に見せた志望校は、全員そろって北嶺大学だった。
榎本朔臣(えのもと さくおみ)は志望校を書いた用紙を私の前に押し出すと、笑いながら、全国でもトップクラスだった私の模試の成績を指先で軽く叩いた。「首都圏の最難関大に受かっても蹴って、俺たちと一緒に北嶺へ行けるか?あとから心変わりしたやつは負け犬な」
その夜、私は彼らが見ている前で、国立先端エネルギー研究機構の特別研究員選抜に伴う早期受入同意書に署名した。
そして朔臣も、みんなに囃し立てられるなか、私の告白を受け入れてくれた。
ところが後日、選考結果が届いた頃、私は四人に会おうと、彼らが集まっている家を訪ね、リビングのプロジェクターがつけっぱなしになっていることに気づいた。
スクリーンに映し出されていたのは、私の知らない「雛乃を守る会」というグループチャットだった。
【透花、もうサインした?】
【した。嘘の志望校を書いた紙四枚だけで、向こうから北嶺に行くって決めてくれたんだから、こっちとしては大成功だろ】
【やっぱ雛乃はすごいな。ゲーム一回で、あの金魚のフンを追い払えたんだから】
【一番犠牲が大きいのは朔臣だろ。研究所に入るまで、透花と付き合ってるふりまでしなきゃならないんだから】
私はスクリーンの前に立ち尽くした。
そのとき、背後で玄関のドアが開く音がした。
振り返ると、朔臣、楡井岳(にれい がく)、柊木理玖(ひいらぎ りく)、椎葉奏多(しいば かなた)、そして雛乃が、首都圏の難関大学への合格祝いのシャンパンを手に立っていた。
私と目が合った瞬間、五人は揃ってその場で凍りついた。
* * *
最初に平静を取り戻したのは、朔臣だった。
「見られた以上、もう隠すつもりはない。雛乃はようやく実の家族のもとへ戻れたばかりなんだ。そんな矢先に家族と離れて、遠い北嶺で暮らすのは無理だろ。
でも、透花は昔からたくましいし、一人でもどこでだってやっていけるさ」
雛乃が目を赤くしながら、朔臣の服を引っ張った。
私は泣かなかった。ただ、スクリーンに映ったチャットの履歴を指さした。「偽物の志望校記入用紙を作ったのは誰?」
朔臣はあっさり認めた。「俺だ」
「『真実か挑戦か』ゲームをやろうって言い出したのは?」
雛乃の目がわずかに泳いだ。
すると岳がすぐに彼女の前へ出て、庇うように立った。「みんなで考えたことだ。雛乃だけを責めるなよ」
私は頷き、もう一度朔臣を見た。「昨日の夜、私と付き合うって言ったのも、計画のうちだった?」
朔臣の喉仏が小さく動いた。「お前は遠距離恋愛はしないって言ってただろ。俺が付き合うって言わなきゃ、お前は同意書にサインするわけがなかった」
その口調はあまりにも当然のようで、罪悪感などほとんど抱いていないように聞こえた。
雛乃は目を潤ませると、突然、理玖の手からスマホを奪い取った。「全部私のせいだから、今から進学先を変える。私が透花と一緒に北嶺へ行くから、みんなは白凪市に残って」
四人が同時に彼女を取り囲み、奏多がその手からスマホを取り上げた。「もう合格通知まで届いてるのに、今さら何を変えるんだよ」
「でも、透花はどうするの?」雛乃は肩を震わせながら泣いた。「一人であんな遠いところへ行ったら、きっとつらい思いをするよ」
朔臣はティッシュを取り出し、彼女の涙を拭ってやった。「透花は昔から自立してる。どこへ行ったってちゃんとやっていけるよ。お前は体も丈夫じゃないし、白凪市を離れて暮らしたこともないんだから、意地になって自分の将来を棒に振るような真似はするな」
私は数歩離れたところに立ち、四人が雛乃を慰める姿を眺めていた。
――そうか。これが答えだったんだ。
北嶺での暮らしが雛乃に向いていないからではない。
彼らは雛乃に苦労をさせるのが嫌で、その代わりに私を差し出すことなら平気だった。それだけのことだった。
理玖は眼鏡を押し上げ、いつもと変わらない冷静な口調で言った。
「透花、確かにやり方は褒められたものじゃなかった。でも結果だけを見れば、みんなにとって一番いい選択になっただろ。
君は自分に一番合った国立先端エネルギー研究機構へ行き、僕たちは雛乃と一緒に白凪市に残る。これなら誰も将来を犠牲にせずに済む」
私は笑った。「じゃあ、みんなにお礼を言わなきゃね?」
岳は私の皮肉に気づいたのか、顔を曇らせた。「お前だって北嶺に行きたかったんだろ?そうじゃなきゃ、研究機構から何度も声をかけられたときに、どうしてきっぱり断らなかったんだよ。俺たちはただ、お前が決心するのを手伝っただけだ」
確かに、私は行きたかった。
北嶺で進められているのは、幼い頃からずっと私が夢見てきた分野の研究だった。
それでも四人と離れたくなくて、私は二度も誘いを断った。夢見てきた研究分野を諦めてでも、彼らと一緒に白凪市に残ろうとさえ考えていた。
けれど、もうそんなことを話す必要はなかった。
私はテーブルの上に置かれていた選考結果を手に取った。
朔臣が反射的に私を引き止める。「どこに行くんだ?」
「家に帰る」
「じゃあ、俺たちは?」
私は彼を見た。「私たちって?」
朔臣の表情が強張った。
「透花、腹が立ってるからってそんなこと言うなよ。お前と付き合うって答えたのは、同意書にサインさせるためだった。
でも、全部が嘘だったわけじゃない。研究所に入るまでは一緒にいるし、そのあとだって時間があれば会いに行く。お前が欲しかったものは、もう手に入っただろ?」
彼にとっては、私としばらく付き合ってやることが、十分すぎるほどの見返りだったらしい。
雛乃が小さな声で取りなすように言った。「透花、朔臣は本当にあなたのことを大切に思ってるよ。昨日の夜だって、透花が寝たあと、毛布を掛けてあげてたし……」
思わず笑いそうになった。
私を騙して、簡単には撤回できない同意書にサインさせたあとで、毛布を一枚掛けてくれた。
そう考えれば、確かに得をしたのは私のほうなのかもしれない。
「じゃあ、あなたたちはずっと一緒にいればいいよ」
私は幼い頃から身につけていた水晶のお守りを外し、雛乃の前に置いた。「私たちの子供の頃の思い出が欲しかったんでしょう?これもあげる」
雛乃は受け取ろうとしなかった。
朔臣の眉間の皺がますます深くなる。「今日のお前、本当にどうしたんだよ?前はいつも、俺たち五人は一生離れないって言ってただろ?」
「昔は昔だよ」
そう言い残し、私は背を向けた。
そのとき、ポケットの中でスマホが震えた。
国立先端エネルギー研究機構の担当者からメッセージが届いていた。
【迎えの車両は48時間後に白凪市へ到着します。
冬月透花(ふゆつき とうか)さん、以下のリンクより、研究プロジェクトへの早期参加の可否をご回答ください。】
私は【参加する】を押した。
プロジェクトには厳格な守秘義務が課されている。北嶺特別研究基地に入れば、携帯電話などの通信機器はすべて預けることになり、個人的な連絡も制限される。
しばらくの間、誰も私を見つけることはできない。
私は画面を閉じ、18年間ずっと一緒に育ってきた五人で使っているグループチャットを通知オフにした。
彼らはきっと、今回も今までと同じだと思っている。
私が怒って、泣いて、それでも最後には何事もなかったように、また素直に彼らのもとへ戻ってくるのだと。
でも、今度だけは違う。
私は本当に、もう彼らなんていらないと思った。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)