5年後から親友の後悔が届く第1話
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私、藤代冬香(ふじしろ ふゆか)は、生後1か月にも満たない我が子を抱えたまま、夫の藤代征司(ふじしろ せいじ)と長年の親友を助けるため、祖母の形見まで急いで売ろうとしていた。
そんなとき、LINEに見覚えのないアカウントから、突然1本の動画が送られてきた。
「ごめんね、冬香。交通事故に遭ったっていうのは嘘なの。征司がどうしても家に帰ってあなたに会うのは嫌だって言ったから、あんな嘘をついたの。
私の7歳の息子は、征司との子なの。
征司が寝室にカメラを仕掛けたのも、あなたと寝るのをどれだけ嫌がってるか、私に見せるためだったの。
冬香、もうこれ以上あなたを騙したくない。もう二度と、あなたが私の目の前で死ぬところなんて見たくないの」
動画に映っていたのは、その親友――相沢佳澄(あいざわ かすみ)だった。
佳澄は、自分は5年後から来たのだと言った。
今度こそ私を救いたい。そして、30年近く続いてきた私たちの友情も、失いたくないのだと。
でも、ここまで壊れてしまった結婚も友情も、もう私にはいらない。
* * *
佳澄とは幼い頃からずっと一緒で、何でも話せる一番の親友だった。
征司は私に一目惚れし、私が振り向くまで2年かけて、ずっと想いを伝えてくれた。それから8年付き合い、私たちは結婚した。
佳澄も征司も、私が心から信じていた大切な人だった。
だから、そんな2人が揃って私を裏切っていたなんて、すぐには信じられなかった。
けれど、知らないアカウントから届くメッセージは途切れなかった。
【征司の書斎にある金庫、暗証番号は私の誕生日なの。中の日記にも、私のことばかり書いてあるよ】
半信半疑のまま書斎へ行き、言われた通り金庫を開けた。
中にあった日記を手に取り、ページをめくった。
――どこを開いても、書かれているのは佳澄の名前ばかりだった。
何度も何度も見ているうちに、しまいには「佳澄」という字までおかしく見えてきた。
信じられないままページをめくっていくと、私のことが出てきたのは、たった1度だけだった。
【冬香と出会わなければよかった。そうすれば佳澄も、俺たちの息子も、こんな思いをせずに済んだのに……】
それなのに、プロポーズの日、征司は私の前で片膝をつき、私と出会えたのが人生で一番の幸運だとまで言っていた。
あの日のプロポーズを思い出した途端、もう読んでいられなくなって、日記を閉じた。
その直後、またメッセージが届いた。
【引き出しにある登記書類、あれは征司がうちの子を通わせたい学校の学区内に買ってくれたマンションのものよ】
今度こそ嘘であってほしかった。
けれど、引き出しには本当にそのマンションの登記書類が入っていた。
都心のマンションで、頭金だけでも6000万円はくだらなかった。
しかも、そのマンションを買った頃、征司は私には子どもを育てる余裕なんてないと言って、中絶を迫っていた。
【おばあちゃんの通夜で、泣き疲れて眠っちゃった夜、覚えてる?あの夜、私、眠ってるあなたの目の前で征司と寝たの。あの子ができたのも、その夜よ】
【毒ヘビに噛まれたとき、怖くて私と征司に助けを求めたよね?】
【でも私たち、流星群を見逃したくなくて……あなたを助けに行かなかったの】
メッセージが届くたびに息が詰まった。
あまりにひどい話ばかりで、現実のこととは思えなかった。まるで悪い夢の中にいるようだった。
それでも、まだどこかで全部嘘だと信じたかった。
海外にいるはずの征司と佳澄に直接会って確かめようと、航空券を取ろうとした。
すると、またメッセージが届いた。
【航空券は取らなくていいよ。私たち、今あなたの実家にいるから】
【お母さんがあなたのところに来ないのは、うちの子を預かってくれてるから。私と征司が2人でゆっくり過ごせるようにね】
母が、征司と佳澄のことを知ってる?
それどころか、2人のために佳澄の息子まで預かってるなんて。
そんなの、あり得ない。
いくら佳澄をかわいがっていたって、母は私の実の母親だ。娘の夫が浮気していると知っていながら、手を貸すなんて考えられなかった。
きっと何かの間違いだ。
そう何度も自分に言い聞かせながら、赤ん坊を抱いたままふらつく足で家を出て、タクシーを拾うと実家へ向かった。
玄関を開けた瞬間、ソファに座った征司が佳澄に顔を寄せ、キスをしているのが目に入った。
「パパとママ、チューしてる!はずかしー!」
佳澄の息子、相沢悠生(あいざわ ゆうき)は、母に抱かれながらきゃっきゃと笑っていた。
母は悠生の鼻をちょんとつつき、笑いながら言った。
「もう、悠生ったら。パパとママはね、悠生に弟を作ってあげたいのよ」
目の前の光景を見れば、もう疑う余地はなかった。
征司は本当に佳澄と不倫していて、母もそのことを知っていた。
頭の中が真っ白になり、手足に力が入らなくなった。立っているのもやっとだった。
「よくもこんな真似ができたわね!」
私はたまらずテーブルの上のケーキをつかみ、征司と佳澄めがけて投げつけた。
すると、征司と母がとっさに佳澄の前に出て、彼女をかばった。
2人はケーキまみれになったのに、佳澄だけは汚れひとつついていなかった。
次の瞬間、母が駆け寄ってきて、いきなり私の頬をひっぱたいた。
「冬香、何してるの!」
その衝撃で足元がよろけ、腕の中の赤ん坊が大声で泣き出した。
それなのに、3人が気にかけていたのは悠生のことばかりだった。
腕の中であれだけ泣いていたのに、私の子を気にかける人は誰もいなかった。
必死にあやしているうちに、私まで涙が込み上げてきた。
私はまだ、産後1か月も経っていなかった。
そんな私に、親友と夫は交通事故に遭ったと嘘をつき、祖母の形見まで売らせて金を用意させようとした。
母も、忙しいからと一度も顔を見せに来なかった。
どうしてみんな、ここまで私を傷つけられるの?
征司は、バレてむしろほっとしたようだった。それでも佳澄のことは気になるのか、心配そうに彼女を見ていた。
「もうバレたなら、俺たちもこれ以上隠しておく必要は……」
「征司、それ以上言わないで」
佳澄は慌てて駆け寄ると、私の手をつかんだ。
「ち、違うの。これは誤解なの」
私はその手を振り払った。
「じゃあ、さっき征司とキスしてたのは何?征司の子を産んだことも、征司が貯金を全部つぎ込んで、あなたのためにマンションまで買ったことも、全部誤解だって言うの?」
佳澄が父親に殴られていたときは、家から逃げ出すのを手伝った。
学費が払えないと言われたときは、自分の食費を削ってまでお金を工面して渡した。
ろくでもない男に引っかかったときだって、刃物を手にしてまでそいつに立ち向かった。
そこまでしてきた私が、佳澄に何をしたっていうの?
どうしてこんな仕打ちを受けなきゃいけないの!
佳澄はますます慌て、すがるように私を見た。
「冬香、そんな言い方しないで……お願い、怖いの」
怯えた顔をされて、余計に腹が立った。
「征司と寝てたときは平気だったんでしょ? 2人が事故に遭ったって信じて、私が祖母の形見まで売ろうとしてたときも。今さら何が怖いの?」
佳澄は泣きながら首を振った。
「こんなことになるなんて、思ってなかったの……」
「思ってなかったで済むと思ってるの?」
征司はすぐに佳澄の前に出て、私を責めるように言った。
「冬香、佳澄はお前の一番の親友だろ。そこまで言わなくてもいいだろ」
佳澄と不倫したのは征司なのに、責められていたのは私のほうだった。
どうしてこんなことをしたのか、2人に聞きたかった。
でも、喉が詰まって、声が出なかった。
「このババア!ママをいじめるな!」
そのとき、悠生がいきなり飛び出してきて、頭から思いきりぶつかってきた。
とっさに赤ん坊をかばったまま床に倒れ込み、その拍子に体をテーブルの角へ強く打ちつけた。床にはみるみる血が広がっていった。
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