19回目の結婚式、完璧な彼を捨てて逃げる第1話
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「枝織、またお前のせいで進行が遅れた。今日の式は中止だ」
18回目の結婚式。
私の婚約者である周防陽向(すおう ひなた)は、呆れ果てた目で私、橘枝織(たちばな しおり)を見下ろした。
「俺が完璧主義だって知っているだろう?なぜ言われた通りのタイミングで動けないんだ。
次にリズムを乱したら、いっそお前の親友に花嫁を代わってもらうからな」
彼が私を測る絶対の基準にしているのは、時間に異常なほど正確な私の親友、須藤咲良(すどう さくら)だ。
仕事終わりに待ち合わせ場所へ向かうのが彼女より1分遅れれば、陽向は私を置いて咲良を車に乗せて走り去っていく。
恋人たちの記念日、予約したレストランに入るのが数歩遅れれば、私のためのディナーの席に咲良を座らせる。
休日の旅行で空港の待ち合わせに20秒遅刻しただけで、私の搭乗券を容赦なくキャンセルし、咲良と二人きりで旅立った。
そして、私たちの結婚式でさえも。
彼はこれまで17回も式を途中でキャンセルし、そのたびに私の代わりに咲良を祭壇に立たせて、理想の式の流れを演じさせてきたのだ。
18回目こそは成功させよう。
私は会場の至る所に秒数を正確に刻む時計を配置し、毎晩徹夜で200回以上も進行のタイミングを練習した。
それなのに。
誓いの予定時刻より10秒早く、咲良が横から食い気味に「誓います」と叫んだのだ。
会場中に仕掛けた無数の時計が、正確な時間を知らせるアラームを一斉に鳴らしているのに、陽向はそれを完全に無視して私を睨みつけた。
「18回目もキャンセルだ」
ああ、やっと分かった。
不完全だったのは私のリズムなんかじゃない。
彼にとって、花嫁が咲良じゃないことこそが一番の不完全だったのだ。
なら、その完璧主義、私が叶えてあげる。
陽向は再び優しく咲良の手を取った。
「ほら、見てろ。俺たちがもう一度、完璧な手本を見せてやる」
その姿に、私は張り詰めていた糸が切れたように笑みをこぼした。
そして二人の薬指に、そっと結婚指輪をはめてあげる。
「手本なんていらないわ。二人とも、末永くお幸せにね」
さて、完璧な彼と時間厳守の親友。
お似合いのカップルを置いて、私は私の自由な人生を始めよう。
* * *
しんと静まり返った豪奢なチャペルに、陽向の冷ややかな声が響いた。
「進行表にそんなセリフはない。削除だ」
彼は不愉快そうに、ちらりと私を横目で見下ろした。
私が勝手に自分のセリフを付け足したことに、苛立っているらしい。
私は一瞬呆然とし、目の奥がツンと熱くなった。
今この瞬間でさえ、彼は私がこの「完璧な結婚式ごっこ」に大人しく付き合っていると思っているのだ。
私の思いや意見なんて、彼からすればいつでも好き勝手に削除できるただのバグでしかない。
削られたのは、この言葉だけじゃない。
彼は私が一番好きだったチューリップの装花を却下し、咲良が好きだと言った白バラで会場を埋め尽くした。
ずっと親しくしていた私の幼馴染をブライズメイドから外し、咲良の職場の同僚をそのポジションに据えた。
祖母から三代受け継いできた大切なウェディングドレスすら、咲良がカタログを見て気に入ったデザインのものに無理やり変えさせられた。
私が少しでも不満をこぼすたびに、彼は「咲良が選んだものの方が、俺の理想とする式のテーマに完璧に合っている」と冷たく切り捨てた。
完璧を追求するからといって、私の好みをすべてゴミ箱に放り込んだのだ。
それなのに、咲良のミスに対してはいとも簡単に完璧主義を投げ捨てて、あっさりと妥協を許した。
祭壇の前で立ち尽くす私を見て、咲良がにっこりと笑って場を和ませようとする。
「そんなに堅いこと言わないでよ。枝織ちゃんだって悪気があるわけじゃないんだから。
それに、末永くお幸せにって祝福の言葉があったほうが、結婚式としてもっと完璧になると思わない?」
彼が決めたルールは絶対に覆らない。
そんなフォローは無駄だと教えようとしたその時。
次の瞬間、陽向は彼女の甘えるような視線に絆されて、あっさりと折れたのだ。
「……わかった。まあ、付け足してもいいだろう」
ため息交じりでありながら、その声には明らかな甘さが滲んでいた。
その言葉を聞いて、私は思わず指先をきつく握り込んだ。
胸の奥に、鋭いトゲがグサリと突き刺さる。
これまで幾千回となく味わってきた失望の中で、私が一度も反抗しなかったわけじゃない。
けれど、陽向は私に対しては絶対に、何ひとつ妥協してくれなかった。
一番ひどい喧嘩になったのは、私が亡き母の形見のブレスレットをつけて式に出たいと頼み込んだ時だ。
天国の両親に、私が幸せになる姿をちゃんと見守ってほしかった。
なのに、どれだけお願いしても、泣いてすがっても、彼は頑として首を縦に振らなかったのだ。
一旦は諦めたフリをして、本番直前にこっそり身につけようとしたこともあった。
それでも彼は、私からブレスレットを外させるためだけに、5回も式を中止にしたのだ。
自分の原則のためなら、私の心などいくらでも踏みにじってきた。
それなのに今はどうだ。
私がどれだけ血を流して叩いても開かなかった扉が、咲良の一言でいともたやすく開け放たれた。
なんだ。
彼は自分の原則を破れないわけじゃなかったんだ。
ただ、私が彼の「例外」になる資格を持っていなかった。
ただそれだけのことだったのだ。
ぼんやりとしている間に、陽向は咲良の腰を抱き寄せ、タイミングぴったりに誓いのキスのフリをして見せた。
ワァッと会場が沸き立つ。
「陽向も人が悪いな!咲良ちゃんにベタ惚れなのは皆知ってるのに、数ヶ月おきにこんな結婚式ごっこ見せつけやがって!」
「花嫁のすり替え劇はもう十分堪能したよ!次は違うサプライズにしてくれ!」
冷やかしの歓声に、陽向は何も答えなかったが、その目元にははっきりと嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
彼はこの進行表にない悪ふざけを、完全に受け入れている。
そして、私がこの茶番の中で18回もすり替えられる「ピエロ」であることを、当然のように黙認しているのだ。
ふと会場を見渡す。
参列者の席を埋め尽くしているのは、陽向と咲良の友人や職場の関係者ばかり。
私の親族や友人は、これまで17回も繰り返されたドタキャンと恥辱のせいで、とうの昔に愛想を尽かして去ってしまった。
だから、ここにいる誰も、私が本当の花嫁だなんて認識していないのだ。
でも、陽向は知らない。
どれほど従順なピエロだって、疲れ果てる日は来る。
全身を縛り付ける窮屈な糸を断ち切って、彼の完璧な舞台から永遠に降りたくなる日が来るということを。
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