13年愛したクズ男の末路第3話
この話は約2732字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
私は苦笑しながら顔を覆い、午後、退職願を手に会社へ向かった。
給湯室の前を通りかかると、中から話し声が聞こえてきた。
「ねえ、知ってる?あの秋元さん、毎日社長にベタベタくっついて、自分が特別な存在だと勘違いしてるのよね」
「本当それ。森下さんから聞いたんだけど、社長はとっくに森下さんを実家に連れて行ってご両親に紹介したらしいわ。二人は公認のカップルなんだって。秋元さんなんて何様のつもりかしら。身の程知らずもいいところよね」
「あはは、そんな言い方やめてあげなよ。一応、彼女も長年社長を支えてきたんだから」
「何年支えようが関係ないでしょ?結局は籍すら入れてもらえない都合のいい女じゃない。森下さんを見てみなよ。入社して間もないのに、もう株を半分譲るって話まで出てるんだから」
私は足を止めた。
「森下さんが自分で言ってたの。社長のご両親も彼女のことをすごく気に入ってて、早く結婚しなさいって急かしてるんだって。ねえ、社長って本当に森下さんと結婚するのかな?」
「するに決まってるじゃない。実家にまで連れて行ったんだから間違いないわよ。それに、社長が森下さんにどんな態度をとって、秋元さんにどんな態度をとってるか。目のある人間なら、どっちが本命か一目瞭然でしょ」
私はマグカップを持ったまま、給湯室の中に入った。
私の姿を見た瞬間、彼女たちの笑顔がぴたりと凍りついた。気まずそうにうつむき、お茶を飲むふりをする。
私はウォーターサーバーから水を注ぎ、彼女たちを見つめた。「続けて。やめなくていいわ」
誰も口を開かない。
私は薄く笑った。「どうしたの?さっきまですごく盛り上がってたじゃない。身の程知らず、都合のいい女、どっちが本命か一目瞭然。続きを話しなさいよ」
「あ、秋元さん。私たち、ただの世間話をしてただけで……その、気にしないで……」
「気になんてしてない」私は水を一口飲んだ。「ただ、次に噂話をする時は、場所をわきまえなさいって言いたかっただけ」
給湯室を出てすぐ、エレベーターの前で萌彩と鉢合わせた。
「あら、莉葉さん。奇遇だね」
私が無視していると、彼女は距離を詰め、声を潜めて言った。「今日で退職の手続きをするんですって?」
私は彼女を冷ややかに見据えた。
萌彩はさらに得意げな笑みを浮かべた。
「悠河から聞いたよ。莉葉さんがもう辞めたがってるって。ほら、言ったじゃない。やっぱり人間、自分の立場をわきまえて、引くべき時はスマートに身を引かないとね。いつまでもみっともなく会社にしがみついたって、惨めなだけだもん。ね?
そういえば知ってる?先週、彼のご両親が私をご飯に招待してくれたの。もの凄く歓迎されちゃってさ、次から次へと私のお皿に料理を取り分けてくれたんだよね」
私の視線が次第に冷たくなっていくのを見て、彼女は一歩後ろに下がり、肩をすくめた。
「そんな怖い目で見ないでよ、私はただ本当のことを言っただけ。莉葉さんもそんなに落ち込まないで。十三年一緒にいたからって何?十三年なんて何の役にも立たないのにね」
退職の承認は異例の早さで下りた。会社を去る際、背後から萌彩の大きな声が響いた。「莉葉さん、お気をつけて!わざわざ見送りなんてしてあげないからね!」
その日の夜、悠河から電話がかかってきた。珍しく優しい口調だった。「莉葉、今思い出した。今日は俺たちの交際記念日だ。夜、一緒に飯を食おう。二人きりで」
私は少し沈黙した後、「分かった」と答えた。
そろそろ、すべてにケリをつけるべき時だった。例えば、別れ話とか。
それから私はレストランで午後六時から九時まで待ち続け、ついに店は閉店の時間を迎えた。
深夜になってようやく、悠河は酒の匂いを漂わせて帰宅した。
ソファに座っている私を見て、彼は思い出したように取り繕った。「ああ、今日は急な用事が入って、萌彩と一緒にクライアントに会いに行ってたんだ。連絡するのを忘れてた」
「また忘れてたの?」
彼は眉をひそめた。「莉葉、毎回そういう責めるような言い方をするのはやめろ。本当に忙しかったんだ、わざとじゃない」
「私の誕生日の時も、忘れたって言ったわね。先月一緒にご飯を食べる約束をした時も、急な用事が入ったと言った。私が病気で倒れた時は時間がなかったくせに、彼女とは映画を見に行っていた。そして今日、あなたから誘っておきながら、また忘れたのね」
彼は露骨に苛立った。「一体何が言いたいんだ」
私は立ち上がり、彼を見つめた。「もう、待つのをやめるって言いたいの」
「どういう意味だ」
「言葉通りの意味よ。私はもう待たない」
そう言い残し、私は上着を掴んで外へ向かった。
「どこに行くんだ?こんな夜中に何トチ狂ってんだ!莉葉、待て!」
背後でドアが閉まった。
三時間後、気持ちを落ち着かせた私は、彼ときちんと話し合おうと家に戻ってきた。だが、ガレージにたどり着いた途端、目に入ってきたのは、悠河の車の中で上半身が裸の萌彩が彼をシートに押し倒してキスをしている姿だった。
十メートルほど離れた場所から、その光景が私の目にはっきりと見えた。
先に私に気づいた悠河は慌てて萌彩を突き飛ばし、狼狽しながら車から飛び出してきた。
「莉葉……違う、お前が思っているようなことじゃ……」
萌彩は慌てる風でもなく、上半身をはだけたまま悠々と車から降りてくると、ドアに寄りかかって私を見てせせら笑った。
「あら、莉葉さん、奇遇だね」
「俺は飲みすぎて……彼女が薬を届けに来てくれただけで……」
弁明しようとする彼の言葉を、萌彩が遮った。
「彼女のことは重要じゃないって言ってたじゃない。何を必死に言い訳してるの?」
彼の顔から血の気が引いた。
萌彩は私の目の前まで歩いてくると、声を潜めて言った。「莉葉さん、秘密を教えてあげる。私たち、もう何度もこうやってるの。彼が泥酔するたびに、いつも私が送り届けてあげてたんだよね」
私は思い切り彼女の頬を張り飛ばした。
彼女は地面に倒れ込み、頬を押さえて悲鳴を上げた。
「莉葉!」悠河が血相を変えて駆け寄り、私の顔を平手打ちした。そして、萌彩を庇うように彼女の前に立ちはだかった。
「お前、正気か!」
私は口元の血を拭った。
「悠河、一つだけ聞かせて。あなた、いつから彼女と付き合ってるの?」
彼は顔を上げ、複雑な色を浮かべた目で私を見つめた。
すると、萌彩が彼の背後から顔を出し、勝ち誇ったように笑った。「莉葉さん、わざわざ問い詰めるだけ無駄よ。本当のことを教えてあげる。私たち、とっくの昔から付き合ってるの。何にも気づかなかったなんて、あんたみたいな大バカ者くらいだよ」
その言葉を聞いた瞬間、私は深く息を吸い込んだ。信じられないほどの解放感が全身を駆け巡った。
「悠河、私たち、別れましょう」
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