101回目の求婚より、私は別れを選んだ第3話
この話は約1672字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
付き合って何年たっても、私は何度も、普通の恋人みたいに怜司と映画を観に行きたいと言った。そのたびに怜司は私の頭を軽く撫で、決まってこう言った。
「今の俺は芸能人だ。一緒にいるところを撮られたら、仕事に響くだけじゃない。お前までネットで特定されるかもしれない。
そんな目に遭わせたくないんだ」
けれど売れてからの怜司は、共演女優との親密ぶりをアピールしたかと思えば、今度は別の女性歌手と海外のリゾートへ出かけていた。
そのたびに聞かされた言葉が今になって耳の奥によみがえり、信じ続けた自分がひどく滑稽に思えた。
映画の途中、沙耶が甘えるように怜司の耳元へ顔を寄せた。
「怜司さん、映画館の外、記者でいっぱいです。少し早めに出ませんか?」
「俺たちは先に出る。お前は少ししてから出てきてくれ」
怜司は私の返事も待たず、沙耶を連れて先に出ていった。
私はそのまま席に残り、エンドロールが終わるまで静かに映画を観た。
もう、私を愛していない男のことで、苦しんだり不安になったりはしない。
これからは、残された時間を自分のために使い、怜司に注いできた気持ちも自分に向けよう。
久しぶりに最後まで映画を楽しみ、そのあと病院へ向かった。
胃がんの痛みでまともに眠れず、楽になるには病院で痛み止めの点滴を受けるしかなかった。
鼻をつく消毒液の匂いの中、テレビに流れる芸能ニュースをぼんやり眺めていた。
【人気俳優と注目の若手女優が映画館デート。街中で熱いキス……】
ニュースを眺めているうちに、いつの間にか眠っていた。浅い眠りの中、胸元に置いたスマホが何度も震えているのだけは、ぼんやりわかった。
家に戻ったのは、深夜になってからだった。
家の前まで来ると、玄関先に背の高い人影が立っているのが見えた。
怜司だった。
これまでは、怜司が外で酔いつぶれたり、撮影が深夜まで長引いたりするたび、酔い覚ましのお茶や胃にやさしいおかゆを手に、バーや撮影所の前で夜遅くまで待つのはいつも私だった。
けれど、怜司はそんな私の気遣いをいつも煙たがっていた。
私が心配を口実に彼を見張り、私生活にまで口を出していると思っていたのだ。
まさか、その怜司が私の帰りを待つ日が来るなんて思わなかった。
私を見つけるなり、怜司は駆け寄ってきて、強く抱きしめた。
「映画はとっくに終わってるだろ。どこに行ってた?どうしてこんな時間まで帰ってこなかったんだ。俺がどれだけ心配したと思ってる。
今日出てるニュースは気にするな。そう見えるように撮られて、勝手に騒がれてるだけだ。本当じゃない」
一瞬何の話かわからなかったが、少し考えて、ようやく映画館のニュースを指しているのだと気づいた。
「平気。ああいうのには、もう慣れたから」
私の反応があまりに薄かったからか、怜司はこれまで自分がしてきたことを思い出したらしい。珍しく、ばつの悪そうな顔をした。
やがて怜司は小さな箱を取り出し、私に差し出した。
中には、大粒のダイヤが輝く指輪が入っていた。
私は思わず、その指輪を見つめた。
何度も夢に見た光景だった。
怜司が自分の手で私の指に指輪をはめ、これから先も一緒にいると誓ってくれる日を、ずっと待ち続けていた。
けれど今は、目の前の指輪を見ても、胸は少しも高鳴らなかった。
私は何でもないもののように、指輪の箱を玄関の靴箱の上に置いた。
その反応に怜司は顔色を変え、眉をひそめたまま私のあとを追って部屋に入ってきた。
「美月、お前、本当に変わったな。前なら、もっと……」
怜司が言いたいことはわかっていた。
怜司は、指輪を見せれば私が泣いて喜び、そのまま抱きついて、これまでのことを全部忘れると思っていたのだろう。
そう思うと、口元がわずかにゆがんだ。私はわざと明るい声を出した。
「わあ、ダイヤの指輪。すごく大きいね」
「気に入ったか?」
怜司は返事を待つように、じっと私を見た。
私は笑ったまま答えた。
「まあ、気に入ったかな」
以前の私なら、たとえ怜司が手作りしてくれた安いシルバーリングでも、宝物みたいに毎日欠かさずつけていた。
これだけ大きなダイヤなら、気に入らないはずがない。
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