10年越しの恋を捨てて、私は遠い町へ行く第3話
この話は約1395字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
16歳のあの日、図書館で初めて智哉を見たときのことを思い出す。
彼は窓際の席に座っていて、差し込む光が彼を包み、柔らかな輪郭を優しく照らしていた。
うつむいてスケッチブックにペンを走らせる姿はあまりに真剣で、世界には彼と絵しかないかのようだった。
その瞬間、私の心拍数は跳ね上がった。
それから私は、何かにつけて智哉を目で追うようになった。
成績は学年でもトップクラス。
絵が得意で、将来の夢は建築家。
人付き合いは得意ではなく、必要以上に誰かと関わろうとしない。
知れば知るほど、もっと近くに行きたくなった。
高校3年間、私は智哉と同じ大学へ進むことだけを目標に勉強した。
進路を決めるときも迷いはなかった。推薦で進学できる大学を蹴り、第1志望に東都建築大学と書いた。
担任にも止められ、両親にも猛反対された。
「水瀬、君の成績ならもっと上を目指せるし、将来性のある分野だってほかにいくらでもあるだろう。建築の世界は大変だぞ」
それでも、当時の私には何も響かなかった。
頭にあったのは、ただ一つ。
智哉と同じ場所へ行きたい、それだけだった。
大学に入ってからも、私は相変わらず彼の後ばかり追いかけていた。
智哉が取る選択科目を選び、彼が入ったサークルに入り、図書館ではできるだけ近くの席を探した。
友人には何度も呆れられた。
「栞、智哉みたいな人、どう見たって恋愛に興味ないじゃん。ずっと追いかけてたって、最後に傷つくのは栞だよ」
私は聞く耳を持たなかった。
もっと頑張れば、諦めずにそばにいれば……いつかきっと、智哉の心を動かせると信じていた。
卒業を控えた頃、智哉は国内でも有数の建築設計事務所から内定をもらった。
私にも外資系企業から条件のいい内定が出ていたけれど、それを辞退して、彼と同じ事務所を受けた。
面接では志望動機を聞かれた。「なぜ、この建築設計事務所を選んだんですか?」
だから、私は迷わず答える。「ここには、私が追いつきたい人がいるからです。ずっと目標にしてきた人のそばで、もっと学びたいと思っています」
そう言いながら、面接官の端に座る智哉を見た。
彼は手元の評価シートに何かを書き込んでいて、最後まで一度も私を見なかった。
それでも私は採用され、智哉のアシスタントになった。
それから5年、資料をまとめ、細かな雑務を引き受け、飲み物を用意し、深夜まで続く残業にも付き合った。
智哉が手がけたプロジェクトには、ほとんど関わってきた。といっても、私に任されるのは補助的な仕事ばかりだったけれど、それでも嫌だと思ったことはない。
こうしてそばにいれば、いつかこの関係も変わると思っていたから。
あの土砂崩れに巻き込まれ、山肌から岩が転げ落ちてきた時、私は考えるより先に身体が動いた。
全身を激痛が襲う中で、なぜか安心したことだけは覚えている――よかった、智哉は無事だ。
意識を失う直前、ひどく取り乱した彼の顔が見えた。
「栞!栞!」
あれほど感情をあらわにした智哉を見たのは、初めてだった。
入院中、彼は毎日欠かさず病院に来てくれた。
相変わらず口数は少なかったけれど、私が退屈しないように本を持ってきたり、ベッドの角度を調整してくれたりした。看護師さんが傷の処置をするときには、何も言わず私の手を握ってくれた。
命懸けで彼を守ったことで、ようやく智哉の心に触れられたのかもしれない、とあの頃の私は思っていた。
今思い返すと、本当に滑稽で仕方がない。
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