10年愛した彼に捨てられ、幽霊になった私第1話
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白川明里(しらかわ あかり)が意識を取り戻したとき、真っ先に目に飛び込んできたのは二人の男女だった。
男は、10年間愛し合ってきたにもかかわらず、たった1日前に突然別れを告げてきた桐生悠真(きりゅう ゆうま)。
そして女の方は、悠真の心を奪った相手であり、今は悠真の恋人となったーー篠原若菜(しのはら わかな)だった。
二人は寄り添いながら、何かを手に小声で話し合っている。だが、明里の存在に気づく様子はまるでない。
明里はそっと視線を落とした。そこにあったのは、透けていて実体のない自分の手。その瞬間、ようやく思い出す――自分は、もう死んでいるのだ。
* * *
白川明里(しらかわ あかり)が意識を取り戻したとき、真っ先に目に飛び込んできたのは二人の男女だった。
男は、10年間愛し合ってきたにもかかわらず、たった1日前に突然別れを告げてきた桐生悠真(きりゅう ゆうま)。
そして女の方は、悠真の心を奪った相手であり、今は悠真の恋人となったーー篠原若菜(しのはら わかな)だった。
二人は寄り添いながら、何かを手に小声で話し合っている。だが、明里の存在に気づく様子はまるでない。
明里はそっと視線を落とした。そこにあったのは、透けていて実体のない自分の手。その瞬間、ようやく思い出す――自分は、もう死んでいるのだ。
ふわりとその場を離れようとした明里だったが、悠真から3メートルほど離れたところで、不意に見えない力に引き戻されてしまった。どうやら彼のそばから離れることはできないらしい。仕方なく二人のもとへ戻った明里の耳には、嫌でも彼らの会話が聞こえてきた。
若菜がカレンダーを手に、ある日付を指差して甘えた声を出す。「悠真、今月の7日は大安だから、結婚式、この日にしない?悠真が盛大な式を用意してくれようとしてるのはわかってる。でも私、そんなことより早く悠真のお嫁さんになりたいの」
若菜を見つめていた悠真が、優しく微笑んだ。「お前の好きにするといいよ」
明里は愕然とした。まさか、結婚式の日取りを決めていたとは。
悠真……結婚するんだ。
おかしいな。自分が10年待ち続けても叶わなかったのに、悠真は出会って3ヶ月の女とは、こんなにもあっさり決められるなんて。
別れたのはつい昨日のことなのに、自分たちが愛し合っていた思い出は、ひどく遠い記憶のように感じられる。
明里と悠真は幼馴染で、幼い頃から共に育ってきた。
悠真が明里に告白したのは、18歳の時。告白を受け入れてくれた明里に、悠真は耳を真っ赤に染めながらキスをし、「一生、お前を大切にする」と、誓った。
二人が最も愛し合っていた頃、悠真は明里を腕に抱き寄せながら、友人たちに向かってこんなことまで言っていた。
「俺は一生、明里だけだって決めてる。もし最後に俺が結婚する相手が明里じゃなかったら、その結婚式には絶対来るなよ。いや、来ないどころか、俺を半殺しにしてくれたっていい」
そんな二人だったからこそ、今年は籍を入れる予定でいた。
だがしかし、若菜が現れた。
かつての悠真は、明里に余計な心配をさせないよう、秘書課のスタッフは全員男性で揃えていた。けれど、いつからだっただろう。秘書課の中に、若く愛らしい一人の女性が加わっていた。
明里が気にすると思ったのか、悠真は自らこう説明した。
「取引先の娘なんだ。立場的に雑な扱いはできないけど、会社の機密に関わる部署にも置けない。だから秘書として俺のそばに置いてるだけだよ」そして彼は、何度も言った。「俺が愛してるのは明里だけだ。俺の心は、最初から最後まで明里のものだから」
人の心というのは、なんて移ろいやすいものなのだろう。
若菜が現れた最初の月、悠真の車から明里が好きなレモン味の飴が無くなり、彼女が今まで絶対に選ばなかった苺味に変わった。
2ヶ月目、映画デートや散歩、それだけでなく寝るときに手をつなぐことすらなくなり、悠真はいつもスマホを見つめてばかりいるようになった。
3ヶ月目、悠真の携帯のアルバムには、明里の知らない写真が増え、彼は顔を綻ばせながらそれを見ていた。
そして、明里が海外出張から帰ってくるという日でも、悠真は迎えに来なかった。
一人で家に帰った明里。家具に薄く積もった埃は、彼女が出張に行っている間、悠真がいなかったことの何よりの証明。
その後、再び家に帰ってきた悠真は、何の前触れもなく別れを切り出した。
「明里、覚えてるか?前にお前が、言ってたよな。もし俺がいつかもっと心を惹かれる相手に出会ったら、隠したりせず正直に話してほしいって。そうなったら、自分から身を引くし、絶対に縋ったりしないって。
……ごめん。この数か月で、俺は出会ってしまったんだ」
悠真は本当に正直だった。明里の胸は無理やり引き裂かれたように痛んだというのに、あまりにも正直すぎる告白に、彼女は何一つ言葉を返せなかった。
どれほど深く愛しているように見えても、男の心が離れるのは一瞬らしい。
「悠真、本当に全部くれるの?」
若菜の声が明里の思考を引き戻した。何のことだかいまいち分からなかった明里だが、すぐに聞こえてきた悠真の声が、その疑問を晴らす。
「ああ。結婚したら、俺が持っている株は全部お前に譲るよ。だって、家のお金を管理するのは、奥さんの役目だろ?」
明里はこの言葉に聞き覚えがあった。なぜなら、以前悠真が明里にも同じことを言っていたから。
それは、明里が22歳だったあの頃。
悠真の会社が軌道に乗り始め、ようやくまとまったお金を手にした時、彼がまず初めにしたのは、通帳とキャッシュカードを明里に渡すことだった。
会社を始めたばかりの悠真が、今まさに資金の必要な時期だとわかっていたから、最初、明里は受け取ろうとしなかった。だが、悠真は引き下がらずに、こう言ったのだ。
「いずれ俺たちは結婚するんだ。それに、家のお金を管理するのは、奥さんの役目だろ?ただ渡すのが、少し早くなっただけだよ」
しかし、いつの間にか、通帳とキャッシュカードは悠真の管理下へ戻っていた。今思えば、それは若菜が現れてからのことのような気がする。きっとあの頃にはもう、悠真の中で自分と別れることは決まっていたのだろう。
悠真の言葉を聞いた若菜が、嬉しそうに抱き着いた。「嬉しい!ねえ、悠真。そのお金で野良猫の保護活動をしてもいいかな?」
悠真は感動したように目を細めると、若菜の頭を優しく撫でた。悠真の声から、若菜への愛しさが溢れ出す。「もちろんだよ。こんな優しいお前と結婚できるなんて、俺はなんて幸せ者なんだろうな」
二人のそばを離れられないまま漂っていた明里は、頬を染めてはにかむ若菜を見つめながら、死ぬ間際の凄惨な光景を思い出していた。そして、もう見ていられなくなり、そっと目を閉じる。
優しい?
悠真が「優しい」と愛を向けるその女こそが、自分が別れを受け入れたあと、自分を拉致するように人を雇った張本人なのに?それも、明里という存在を、悠真の前から完全に消し去るという目的で……
若菜の指示を受けた男たちは、明里をベッドに拘束した。そして明里は、逃げることも助けを求めることもできないまま、悪夢のような時間を過ごした。
何人目だったのか、何度繰り返されたのか……気がつけば、明里の涙はとっくに枯れ果てていた。
それでも、明里は最後の気力を振り絞り、必死に逃げようとした。だが、あっという間に捕まり、再び引き戻されそうになった瞬間、バランスを崩した彼女は、そのまま頭を床に強く打ちつけたのだった。あふれ出した血が、床を赤く染めていき……
再び目を開けると、自分はもう死んで、幽霊になっていた。そして今、悠真と若菜の背後で、二人の結婚の相談を聞かされている。
明里がふと視線を落とすと、カレンダー上で丸をつけられた日付が目に入った。
なんという偶然だ。
二人の結婚を祝福しようとしているその日が……自分の初七日なんて。
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