風待ちて、君は還らず第2話
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美月はこうしてこの家に引っ越してきた。
ようやく四人家族として、一つ屋根の下での生活が始まったのだ。
双子の子どもたちは、美月を見て驚きと喜びが入り混じった表情を浮かべた。
小さいほうの子は感情を抑えきれず、声を上げた。「ママ!」
時臣がとっさに反応し、綾乃を抱き寄せて軽くキスをしながら笑って言った。「娘が呼んでるよ」
しかし現実は違う。
彼が養子にしたその双子の兄妹は、もうすでに三ヶ月もの間、桐島家で暮らしているのに、綾乃を「ママ」と呼んだことは一度もなかった。
真実を知らされる前は、綾乃も彼らを我が子のように愛していた。
だが今は、そんなふりすらできない。娘と呼ばれる安奈は、鋭い目で綾乃を睨みつけ、不機嫌そうに言い放った。「ママ、くるみが食べたい。剥いて」
くるみは硬くて剥くと手が痛くなる。
この悪い女、痛い目に遭えばいいんだ。ママからパパを奪おうとするなんて!
以前も安奈はよく綾乃にくるみを剥かせていた。綾乃はただ子どもがくるみが好物なのだと思い、何も疑わず毎回剥いてあげていた。
だが今、その瞳に宿る鋭い悪意を見て、綾乃の心は一気に冷たく凍りついた。
「くるみが食べたいなら、使用人に剥いてもらいなさい」時臣が前に出て、綾乃を守るように優しく手を添えた。「綾乃の手はこんなに柔らかいんだ。そんな大切な手にくるみなんて剥かせられないよ」
隣で見ていた美月の顔はみるみる曇った。
彼女は恨めしげに綾乃を一瞥し、突然、不意を突くように言った。「時臣、あなたの数珠は?」
時臣の左手には、いつも数珠が巻かれていた。
その数珠は、綾乃が自ら志名野の蓮祥院まで足を運び、時臣のために祈願して買ってきたものだった。
彼女は標高三千メートルを超える紅岳の山を一歩一歩ひざまずきながら登り、寺の長老に特別なお祈りをしてもらった数珠。ただの飾りではなく、彼女の真心と願いが込められた、大切な証だった。
時臣はその気持ちに深く心を打たれ、それ以来左手から数珠を外すことはなかった。
だが今、彼の左手首には何もなく、数珠は見当たらなかった。
「俺の数珠は?確か今朝はつけていたはずなのに……」
時臣は慌てて探そうとしたが、顔を上げた瞬間、美月の情欲をたたえた瞳にじっと見つめられた。
美月の頬は異様に赤く染まり、唇を舐めると、彼の目を離さずにそっと両腿の間に手を伸ばした。
そのとき体をゆらゆらと揺らしながら、甘い息を漏らした。「ああ……時臣、急に胃の調子が悪くなったの。上まで運んで少し横にさせてくれない?」
その暗示は明白だった。
時臣の呼吸は一気に荒くなり、掠れた声で言った。「綾乃、俺が美月を上に連れて行く。君は子どもたちの面倒を見てくれ」
そう言い残し、彼は待ちきれないように美月を支えて階段を上った。
綾乃の心は冷え切った。彼女は使用人に子どもたちを連れて行くよう指示し、自分は黙って二階へと上がった。
寝室のドアは少し開いたままだった。時臣は急ぎすぎて鍵をかけるのを忘れていたのだ。
「お前、マジで小悪魔かよ!頭おかしいんじゃないか?俺の数珠をそんなところに置くなんて!」
時臣は口では叱っていたが、その声に責める色はなく、むしろ興奮が滲んでいた。
「んっ……時臣……深すぎて取れないよ。助けて」
美月は時臣の手を掴み、自分の身体の下に誘導した。
やがて綾乃の耳に、珠が床に転がる音が届いた。
濡れた何かが付着した数珠の珠が、ゆっくりと彼女の足元に転がり止まった。
綾乃は絶望的に目を閉じた。
かつて一歩一歩祈願し手に入れた数珠が、今や不倫の道具に成り果てている。
彼らは堂々と、綾乃の目の前で、彼女の愛情を踏みにじり、信仰を侮辱しているのだ。
こんな結婚生活も、こんな男も、もういらない。
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