風に消える恋なら、それでよかった第2話
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試着室の外から、楽しげな両親の声が聞こえてきた。
「やっぱり千春は特別だわ。千春みたいに綺麗で品がある子には、こういうオーダーメイドのドレスが一番似合うのよ」
「そうだな、普通の服じゃうちの可愛い娘には釣り合わん」
ドア一枚挟んだ内側で、夏希は静かに、自分の手にかかったタグを見つめて、苦笑がこぼれた。
値段は、たったの「1980円」。
彼女と姉の千春は一卵性双生児で、顔立ちは瓜二つだった。
でも――両親にとって、千春は空に浮かぶ雲で、夏希は地べたの泥。
千春には数百万円するハイブランド。夏希には、1980円のワゴンセール品。
でも、もうそんなことを気にする気力もなかった。
夏希は黙って啓介の横を通り過ぎ、先に試着室から出ていった。
千春は純白のオーダーメイドドレスに身を包み、同じ色のサンダルを履いていた。完璧なメイクに、上品にまとめられた髪――誰が見ても「完璧なお嬢様」だった。
継父も母も、そして店員たちも、みな彼女を囲んで絶賛していた。
「お母様が美人だから、お嬢様も綺麗なんですね!本当に羨ましいです!」
その言葉に、母――高峰琴子(たかみねことこ)は一瞬だけ笑顔を曇らせ、軽く鼻を鳴らした。
「千春が頑張ってるからよ。まあ、もうひとりの子はダメね。同じ私が産んだとは思えないわ」
「えっ、お嬢様ってもう一人いらっしゃるんですか?てっきりお手伝いさんかと……」
「いるわよ。さっき中に入ってたあの子よ。ホント、連れてこなきゃよかった……恥ずかしいったらない」琴子は首を振り、諦めにも似た声で言った。
ちょうどそのタイミングで、夏希が服を手に出てきた。
母は少し気まずそうに髪をいじり、ぶっきらぼうに訊ねた。「試したの?」
夏希は小さく頷いた。「うん。でも、この服あんまり好きじゃない。やめとく」
「何言ってんの。私はその服、あんたに似合ってると思ったのよ。ほら、買ってあげるから」琴子がとても嫌そうに言った。
「いらない。好きじゃないから」夏希が言葉を重ねった。
この服、安いから縫製が怪しくて、下手に力を入れたら破れそうだった。夏希はビクビクして、まともに動くことすらできなかったのだ。
その時、啓介が試着室の奥から出てきた。そして笑みを浮かべながら言った。「お義姉さん、どうかされました?」
「まったく……この子ったら、服を買ってあげるって言ってるのに駄々をこねて……ちっとも聞き分けがないの。千春とは大違い」
啓介は少し眉を上げ、夏希の方を見た。
「……本当か?」
夏希は唇を噛んで、小さな声で繰り返した。「この服……好きじゃない」
「気に入らないなら買わなきゃいいでしょ!甘やかされて育ったのに、わがままばっかり!」
その言葉に、夏希の堪えていた感情が、零れ落ちた。
「私は、そもそも服なんていらなかった。今日は千春がドレス買いたいって言ってたんだろう?私は、ただの付き添いよ」
「その言い方は何?あんたも私の娘よ?だから一応一着買ってあげようとしただけでしょ?平等に扱わないと、他人に何言われるかわからないし……それの何が悪いのよ?」琴子は声を張り上げた。
「お義姉さん」啓介が静かに口を挟んだ。「夏希はまだ若いので、そこまで責めなくても」
「若いって?千春と同い年よ?あの子はこんなにしっかりしてるのに!」
琴子はふと何かを思い出したように言った。「そういえば、啓介。どうして夏希の試着室から出てきたの?」
夏希の背筋がピンと張った。
「叔父さんが、私が出てこないから心配して、呼びに来ただけ」夏希が慌てて言い訳を並び立てた。
その横顔に浮かんだ啓介の微笑みは、明らかにからかうようなものだった。
琴子はさらに不満げな顔で言った。「啓介さんは忙しいのに、今日はわざわざ時間を作って、二人のために買い物に付き合ってくれたのよ?夏希、もっと感謝しなさい、そして心配かけないで」
夏希は俯いたまま、か細い声で応じた。「……わかってる」
「ついでに言っとくけど、あんたの彼氏も一度家に連れてきなさい。啓介さんが認めたら、そのまま結婚の話も進めるから。さっさと嫁に行ってちょうだい。もう、目障りなのよ」
啓介が目を細めて夏希を見つめる。「へぇ、俺が出張してる間に……もう新しい彼氏ができたのか」
「私……」
「啓介さん、聞いて!あの子、実は五年も付き合ってるんだって!日記まで書いて、毎日毎日、男のことばっかり。私が見つけなかったら、ずっと隠し通すつもりだったのよ!」
啓介の瞳が一瞬だけ揺れた。
五年――
それが誰のことか、彼にはもう分かっていた。
口元に浮かんだ笑みは、すべてを理解した男のものだった。
「そんなに魅力的なのか、その男。毎日、日記にまで書いて……夏希、お前、そこまで惚れてるんだな?」
琴子が薄笑いした。「まったく、みんなこの子を甘く見てたのよね」
啓介がわざとらしく言った。「で、その日記の男の名前は?」
夏希は目を見開き、怒りに満ちた視線を彼にぶつけた。
――わかってて、聞いてる。
あざけるような啓介の表情。まるで、弱い生き物を弄ぶように。
「まあ、夏希もなかなか用心深い子でさ。私が何度読んでも、男の名前は一度も書かれてなかったのよ」
「ふーん。秘密主義ってわけか……可愛いじゃないか」
そう言って笑う啓介の目は、夏希の混乱と怒りを楽しんでいるようだった。
その時――琴子が、ふっと低く笑った。
「でもね、名前は書かれてなくても、私にはわかるのよ。夏希が好きな男が誰なのか」
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