風に消える恋なら、それでよかった第1話
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「莉子、決めたよ。ひとりで無人島に行って暮らすつもり」
電話の向こうは、南条夏希(なんじょう なつき)の一番の親友――北原莉子(きたはら りこ)だった。
莉子はその言葉を聞くと、ようやく安堵したように息をついた。
「やっと決心ついたんだね。あの人ときっぱり別れるって?」
「うん」
「あんなに長い間、隠れて付き合ってたのに、結局なにもしてくれなかったじゃない。あんたにはずっと言ってたんだよ?早く別れなって。
……でもさ、ひとりで無人島なんて、本気?危なくない?もしよかったら、私も一緒に」
「大丈夫」夏希が答えた。
「一緒に来てくれる人は、もういるから」
* * *
「莉子、決めたよ。ひとりで無人島に行って暮らすつもり」
電話の向こうは、南条夏希(なんじょう なつき)の一番の親友――北原莉子(きたはら りこ)だった。
莉子はその言葉を聞くと、ようやく安堵したように息をついた。
「やっと決心ついたんだね。あの人ときっぱり別れるって?」
「うん」
「あんなに長い間、隠れて付き合ってたのに、結局なにもしてくれなかったじゃない。あんたにはずっと言ってたんだよ?早く別れなって。
……でもさ、ひとりで無人島なんて、本気?危なくない?もしよかったら、私も一緒に」
「大丈夫」夏希が答えた。
「一緒に来てくれる人は、もういるから」
電話を切った後、夏希はスマホを持った手をだらりと垂らし、試着室のドアに力なく背中を預けた。
明かりは点けていない試着室に、静寂と闇が彼女の心をそっと包み込んでいた。
扉に手をかけて出ようとしたその瞬間――
不意に、誰かの厚い胸板にぶつかってしまった。
次の瞬間には、夏希がその男の腕の中に引き戻され、狭い試着室の中へ押し込まれていた。そして、迷うことなく唇を奪われた。
思わず声を上げそうになった夏希だったが、その前に低く魅惑的な声が囁いた。
「まさか、俺のことも忘れたのか?」
――その声で、夏希の全身が硬直した。
男は彼女の顎を優しく掴み、唇にもう一度、名残惜しそうにキスを落とした。
「俺の名前を呼んで」
夏希は視線を逸らしながら、しばらく黙ったあと、搾り出すように言った。
「……叔父さん」
その言葉を聞いてようやく、高峰啓介(たかみね けいすけ)は満足そうに微笑んだ。夏希の腰を引き寄せ、頬へと優しく口づけた。
「今夜、うちに来ないか?」
夏希はすぐに啓介を突き放し、慌てて距離を取った。
「無理……風邪ひいちゃって、すごく眠いの。今日は早く帰って寝たい」
「じゃあ、明日は?」
「明日もダメ」
啓介は眉をひそめた。「また拗ねてるのか?」
夏希は首を横に振った。「違うよ、本当に体調が悪いだけ」
啓介は夏希をしばらく見つめ、それからもう一度キスをして、ようやくこう言った。
「わかった。ちゃんと休めよ。今回は見逃してやる」
夏希は顔を上げた。
目の前にいるのは、彼女が五年間も想い続けてきた男だった。
彼女の本当の父親は幼い頃に他界した。五年前、母が再婚し、彼女と姉の南条千春(なんじょう ちはる)は高峰家に移り住むことになった。
姉は頭もよく、話も上手で、何より見た目も洗練されていて、誰からも愛される存在だった。
その一方で夏希は、姉の引き立て役として生きてきた。
いつだって姉が中心。夏希は端に追いやられ、誰にも気づかれなかった。
そんな彼女の世界に、啓介が現れた。
みんなが姉の誕生日しか祝わない中、啓介だけは夏希の誕生日を覚えていた。
あの日、彼は夏希を海へ連れ出し、夜通し花火を打ち上げてくれた。世界一可愛いケーキを用意して、ドラック一台分のプレゼント――花束、ドレス、ぬいぐるみ――すべて夏希の好みに合わせて用意してくれた。
彼は、夏希の二十二年間の人生で唯一の光だった。そしてその瞬間から、夏希が彼を好きになってしまった。血の繋がりはないけれど、「叔父さん」と呼ぶその男を。
二十歳の誕生日、夏希は勇気を出して、啓介にキスをした。
啓介はそれを拒まなかった。
それから二人は恋人同士のように愛を交わした。誰にも気づかれないように、しかし誰よりも深く。
啓介は夏希に約束した。
「卒業したら、二人で海外に行こう。誰も俺たちの関係を知らない国で、籍を入れて、一緒に暮らそう」
だけどその夢は、昨日、唐突に終わりを迎えた。
手作りのクッキーを届けに行ったあの日。
啓介のオフィスの前で、彼の友人たちの話し声が聞こえてしまった。
「いや〜啓介も待った甲斐があったな。五年越しでようやく、千春ちゃんが帰ってきたんだもん」
「夏希って子、これでもう身代わりとして過ごす日々ともおさらばだな」
「あの子もちょっと可哀想だよな。親からも愛されてなくて、叔父からも身代わり扱いだしさ……」
啓介の声が、他人事のように響いた。
「別に可哀想じゃない。千春と同じ顔で生まれてきたんだから、それだけで十分幸運だろ」
手に持っていたクッキーの箱が、ガシャンと音を立てて床に落ちた。夏希の焼いたクッキーが、バラバラと地面に散らばる。そのとき、彼女の心も一緒に砕け散った。もう、価値なんてなかった。
夏希は思っていた。――他の誰が姉を選んでも、啓介だけは自分を選んでくれると。
でも、結局彼も同じだった。
彼の中で、自分は「千春の身代わり」に過ぎなかった。
それなら――もう、彼なんていらない。
夏希はすでに、テクノロジー企業にアンドロイドを発注していた。父と母、そして恋人役。三体のアンドロイドが自分の家族になる。
アンドロイドは十日後に届ける予定だ。
それが揃ったら、誰もいない島へ行く。誰にも邪魔されずに、本当に自分を愛してくれる「家族」と、静かに暮らしていくのだ。
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