頼みどころ第3話
この話は約1381字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
藤田彦治はなかなか帰ってこなかった。
スマホには彼のSNSの投稿が表示された。遊園地での様子が9枚の写真に収められていた。
嘱言が遊園地で楽しそうに笑っている写真、三人で撮った記念写真、そして山本つづみが藤田彦治の腕に寄り添う親密な姿まであった。
そして「取り戻した大切な時間」というコメント付きもあった。
昔の私なら、すぐに電話をして、これはどういうことかと問い詰めていただろう。
でも、この二ヶ月で私は諦めきっていた。慣れてしまったのだ。
完全に無関心になっていた。
黙ってその投稿に「いいね」を押した。
今日、彼らは帰ってこないだろう。
外から聞こえる虫の声が、家の静けさを際立たせる。
用意したスーツケースを見つめながら、私も思わず写真を撮った。
SNSに投稿し、こう書き添えた。
【来ない人を、もう待つ必要はない】
それを見た藤田彦治は、案の定、翌朝慌てて帰ってきた。
玄関を開けると、ソファで待っている私の姿が目に入った。
車の鍵を乱暴にテーブルに叩きつけ、顔を歪めて怒鳴った。
「いつまで出て行くだの騒ぐつもりだ?本気なら、今すぐ出て行けよ!
SNSにあんなこと書いて、恥ずかしくないのか?俺の立場も考えろ!
父さんまで心配して電話してきたんだぞ!わざと皆に知られるように仕向けているのか!」
私は彼の取り乱した様子を冷ややかに見つめ、どこか満足感すら覚えた。
一体誰が先に恥知らずだったのか。藤田彦治か、それとも彼の「大切な人」山本つづみか。
「ええ、本当に出て行くつもりよ」
私は冷静な声で言い、バッグから用意していた離婚届を取り出して彼の前に置いた。
「藤田さん、サインをお願いします」
彼は呆然として私を見つめ、今回の私が本気だと気付いたようだった。
「昨日は薬を買って来て手当てするつもりだったんだ。でも、つづみと嘱言にどうしても付き合ってくれって言われて......」
彼の言い訳は空しく響いた。
「それに、大した怪我じゃないだろう?こんなことで大げさに......」
私は冷笑して、氷のような目で彼を見つめ、はっきりと言った。「大げさじゃないわ」
藤田彦治の表情が曇った。「本気で離婚するつもりか?」
「ええ」躊躇なく答えた。
彼は目を細めて言った。「嘱言はどうするつもりだ?」
その言葉が胸に突き刺さった。やはり私の弱みを知っていた。
「子供を盾にしないで」感情を抑えながら言った。「嘱言は私が育てる」
「簡単に言うな」藤田彦治の目が鋭くなった。「お前一人で嘱言を育てられると思っているのか?どう考えても無理だろう?」
家族のために仕事を辞めた私には、もう自立する力もない。
私は孤児院育ち。社会の支援で生きてきた。
藤田彦治は母親を早くに亡くし、父親一人に育てられた。
その父も体が弱く、嘱言も小さかったから、私は仕事を辞めて家庭に入るしかなかった。
長い沈黙の後、私は言った。
「親権はあなたに譲ります。財産分与も要りません。ただ、結婚前に貸した二百万円だけは返してください」
会社を立ち上げる時、私は躊躇なく全貯金を彼に貸した。
当時の私にとってその金額の意味、彼はきっと分かっているはず。
私は全力で彼を愛していた。
この結婚に、私は精一杯尽くした。
でも、人の心は温められないこともある。
「離婚のために子供まで捨てるのか?」
私は穏やかに微笑んだ。「ええ」
藤田彦治は信じられない表情を浮かべ、私が本気だと気付いた。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)
第4話は公式アプリで
当サイトでの試し読みはここまでです。アプリをインストールし、下のアプリ用コードを入力すると、この作品の第4話からそのまま読み進められます。
R17002- 下のボタンから公式アプリをインストールします(無料)。
- アプリを開き、「コードを入力」にこのコードを入れると、この作品が本棚に入ります。
作品ページへ戻る 当サイトに掲載しているのは試し読みの章だけです。