雾の彼方に愛を葬りて第2話
この話は約1553字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
葬儀の会場には、すでに多くの弔問客が集まっていた。
人だかりの中心で、千梨は黒い花を頭に挿し、暗い色のワンピースを身にまとい、懐に桐乃の母の遺影を抱えていた。
目は真っ赤に腫れている。
歯の根が合わずに震える音が自分から漏れるのを聞きながら、桐乃は一歩踏み出し、その遺影を力づくで奪い取った。
「今すぐ出て行って」
千梨は肩をすくめ、怯えたように口を開いた。
「桐乃さん……私、昔のことをおばさんと桐乃さんにもう一度謝りたくて……」
涙ぐんだ声で言いながらも、その瞳の奥には嘲りが浮かんでいた。
「おばさんは一生貧乏で、幸せも知らないまま亡くなって……本当にかわいそう」
桐乃の声は冷たかった。「本当にそう思うなら、彼女に跪いて九十九回頭を打ちなさい」
千梨の顔が強張り、唇を噛んで黎斗に頼った。「黎斗さん……」
しかし聞こえてきたのは冷えきった声だった。
「桐乃の言葉が聞こえなかったか?さっさと出ていけ」
口調こそ嫌悪を滲ませていたが、桐乃の要求は完全に無視していた。
千梨の瞳は喜びで煌めき、桐乃を見返すその視線には挑発が込められている。
桐乃は怒り混じりに笑った。
「黎斗、言ったはずよ。跪いて九十九回頭を打ちなさいって!贖罪したいでしょう?そのチャンスを与えてるだけよ!」
まっすぐ黎斗を見据える声には決意があった。
黎斗は伏し目がちに彼女を見つめ、眼差しには苛立ちと諦めが混じっている。
「あまり追い詰めるな。母の葬儀で揉めたいのか?」
千梨のために、自分を脅している……
桐乃の心臓は大きな手で締め上げられたように苦しく、喉にこみ上げた痛みを無理やり飲み込んだ。
「……わかった」
彼女が折れると、黎斗は眉をひそめ、急いで秘書に千梨を連れ出させた。
事情を知らない周囲の人々は口々に感嘆する。
「十鳥さんは妻を深く愛している」と。
その一言一言が、桐乃の胸を鋭く抉りつけた。
式の間、彼女は黎斗に一言も話しかけなかった。
終わってからの帰り道も、あえて同じ車に乗らないよう避けた。
だが、思いもよらず黎斗の方が後を追ってきた。
彼は運転手に下がるよう指示し、自らハンドルを握った。
「そういえば昔、夜中の三時に屋台を片付けてから、よく川辺をドライブしたよな」
夕陽が彼の端正な横顔を縁取って輝かせる。
桐乃の心臓が跳ね、思い出が一気に押し寄せた。
あの頃、二人は何も持たなかったが、それでも十分に幸せだった。
ある夜、大雨の中で屋台のワゴン車が故障した。
生理中で疲れ果てた桐乃は助手席で眠ってしまった。
黎斗は彼女を起こさず、腹にカイロを貼り、雨具で体をすっぽり覆ってから、彼女を背負って四時間歩いて帰った。
翌朝、熱で頬を赤くした彼を見て桐乃は怒鳴った。
「車に傘があったじゃない!先に帰ればよかったのに!」
それでも彼の瞳は子犬のように澄み切っていた。
「でも俺は、桐乃を置いていったりはしない」
急ブレーキの轟音が、まどろみから桐乃を引き戻した。
目を開ける間もなく、車体は大きく右に流れ、助手席が突っ込んできたトラックに激しくぶつかった。
衝撃で額が裂け、血が溢れる。
視界の端に捉えたのは、決して自分を置き去りにしないと誓った男の姿。
彼は一瞥すらくれず、慌ただしく運転席を飛び出すと、前方で気を失った千梨を抱き上げ、駆け去っていった。
死んだように沈んでいた心臓が再び引き裂かれる。
桐乃は腹の激痛に耐えながら、変形した助手席を避け、よろよろと運転席側から這い出た。
トラックの運転手は怒鳴り声を上げかけて、血まみれの彼女を見て青ざめた。
「大丈夫ですか!?」
見知らぬ人でさえ気遣ってくれるのに、夫は自分を忘れ去っている。
遠ざかっていく黎斗の背中を見つめ、桐乃の声は乾ききった絶望に沈んだ。
「……救急車、呼んでください」
その一言を残し、力尽きた身体は崩れ落ち、意識は闇に沈んだ。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)