零時を過ぎたら返却拒否第3話
この話は約2110字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
友香が胃を押さえると、一樹は顔色を変えて、無意識に彼女のほうへ向かった。
彼のその反応に、私の心も沈んでいった。
しかし次の瞬間、彼は足を止めた。
友香は痛みに額から冷や汗を流し、ドアの枠に寄りかかったまま、ゆっくりとしゃがんだ。
一樹はスマホを握りしめ、救急車を呼んだ。
「じっとしてて、すぐに救急車が来るから」
友香は顔をあげて、真っ青な顔で彼を見つめた。
「あなたは?一緒に来てくれないの?」
一樹は一瞬黙り、友香を見てから私のほうへ視線を移した。
「医者が診てくれるから」
救急隊員が友香を連れて行き、エレベーターのドアが閉じた。
一樹は振り返り、私をじっと見ていた。
私はテーブルの端を掴んだ。
「さっき彼女が言っていたのはどういうこと?」
一樹は緊張した顔で唾をゴクリと飲み込んだ。
「琴葉」
「名前を呼ばないで」
そう言い放った時、私は喉の奥が締め付けられたように苦しくなった。
「誕生日パーティーで、彼女があなたを貸してって言う前から、あなたは、ああなるって知ってたってこと?」
彼はすぐには答えなかった。
私は脳裏に、昨夜のシーンを思い返していた。
友香が彼を指名した時、彼は少しも驚いていなかった。
そして私が「貸さない」と言った時、彼もどうしてなのか尋ねることもなく、ただ私を見つめていた。
あの時、彼は私が妥協するのを待っているのかと思っていた。
今思えば、あの瞳の奥には期待が込められていたのか。
そこまで考えると、急に胸が苦しくなってきた。
そして私はぎゅっと手を握りしめた。
「一樹、私を見なさい」
すると彼は顔をあげた。
「私が『貸さない』って言った瞬間、あなたは一体何を考えていたの?」
彼は動揺したように瞳を震わせた。
私は鼻の奥がツンとしながらも、気持ちを抑えて続けた。
「あなた、彼女があなたを借りたいって言うのを前からすでに知っていたのね?」
部屋は互いの呼吸が聞こえるほど静まり返った。
一樹の顔から血の気がサーッと引いていった。
そして彼はようやく頷いた。
「そうだ」
私は強く拳を握りしめた。
彼は私を見つめながら、声を緊張させて話し始めた。
「半年前に、俺は彼女が今年の誕生日パーティーでこうすることを知ったんだ」
その言葉に胸が押しつぶされそうになりながら、彼を見つめた。
「半年前?」
彼はうつむき、無意識に強く拳を握りしめた。
「あの時、君は俺を一人家に残して、彼女と出かけた」
あの日のことはもちろん覚えている。
あの日、彼は熱を出したから、私は家で世話をすると約束した。
しかし、友香が電話をかけてきて、息もできないくらいに泣き喚いた。彼氏と別れたばかりで、私以外の人には会いたくないと言ってきた。
私は一樹に熱さましの冷却シートを貼ってあげて、先に寝ているようになだめてから、急いで出かけたのだ。
そして帰ってきた時には、彼の熱は下がっていた。
ベッドサイドの明りはついていて、水の入ったコップもテーブルの上にあった。
その時私はむしろ幸運に思っていた。
彼は今まで一度も私を困らせたことがなかったからだ。
今あの時の情景を思い出すと、あの明りがまるで炎になって私の心を焼き付けるかのようだった。
「それから?」
また一樹が口を開いた。
「あれから数日経って、友達と酒を飲んでる時に、あの時のことを話したんだ」
私はまじまじと彼を見つめた。
「何を話したの?」
「うん、たまに、俺は君のことがよく分からないって」
彼の声はかすれていた。
「君が俺に対してよくしてくれてるってことは分かってる。だけど、毎回友香が何か言ってくれば、君は率先してあっちに行ってしまう。あの頃俺はいつも考えていたんだ。もし、ある日、俺と彼女と同時に何かあった時、君は一体どちらを優先するんだろうって」
鼻の奥がツンとした。
私は手を固く握りしめて、どうにかその話を聞き続けた。
「友香はどうして知ったの?」
「彼女は後から友達に聞いたらしく、俺に会いに来たんだ」
一樹は目を赤くしながら、眉間を揉みほぐしていた。
「俺がいつまでも気になってるのなら、一度試してみないかって彼女から提案されたんだ」
「試すって、どうやって?」
彼は暫くの間黙っていた。
「誕生日の日に、俺を一日借りたいって言うって」
私は胃がチクチクしてきた。
「そしてあなたはその提案を受け入れたと?」
「あの時は断わった」
彼は顔をあげて私を見つめた。その瞳からは疲労感が漂っていた。
「俺は馬鹿馬鹿しいと思ってたさ。だけど、彼女はしつこく一度だけでも試してみたらいいって、もし君が俺のことを想っているなら絶対に拒否するからって言ってきた」
私は笑った。でも、目から涙がこぼれ落ちた。
「だからあなたは私が断わるかを見てみたのね?」
一樹の顔からは血の気が引いた。
私は一歩ずつ彼に近づいていった。
「言ったでしょ?」
彼の瞳の底には後悔の色が浮かんでいた。
「うん」
「みんなの前で『貸さない』ってはっきり言ったわ」
胸がズキズキとひどく痛んだ。
「あなたがほしい答えなら、私はあの場であなたにあげたわ。なのにどうして彼女と一緒に行ってしまったわけ?」
彼は唇を何度か動かし、最後にどうにか声を絞り出した。
「あの時はどうかしてた。君が焦って追いかけてくるか見てみたいと思ったんだ」
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)
第4話は公式アプリで
当サイトでの試し読みはここまでです。アプリをインストールし、下のアプリ用コードを入力すると、この作品の第4話からそのまま読み進められます。
S84977- 下のボタンから公式アプリをインストールします(無料)。
- アプリを開き、「コードを入力」にこのコードを入れると、この作品が本棚に入ります。
作品ページへ戻る 当サイトに掲載しているのは試し読みの章だけです。