雲の如く、自由な空へ第3話
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美咲が協力会社に与えた損失は、少なくとも二十億円以上にのぼった。
先方の社長は激怒していたが、雫と司の関係に免じて、過度な嫌がらせはしてこなかった。
ただ、テーブルに並べられた十杯の焼酎をすべて飲み干せ、と雫に命じた。
雫の顔から一瞬で血の気が引いたが、司の脅しを思い出し、一杯、また一杯と酒を煽り続けた。
半分ほど飲み進めたところで、胃をナイフで掻き回されるような激痛が走り、意識が遠のきそうになる。
その時、窓の外の夜空に、色鮮やかな打ち上げ花火が次々と咲いた。その美しさに、室内の全員の目が奪われた。
「おい、これは何だ?」
「決まってるだろ。小野寺社長がまた京川市一番高いタワーを買い占めて、愛人を喜ばせようと花火を上げてるのさ。珍しいことじゃない」
雫は痛みに耐えかね、朦朧とする意識の中で司に電話をかけた。しかし、呼び出し音が鳴るか鳴らないかのうちに拒絶され、すぐにメッセージが届いた。
【会社だ。手が離せない】
【何かあるなら、アシスタントを向かわせる】
雫は自嘲気味に口角を上げたが、大粒の涙が堪えきれずに地面へこぼれ落ちた。
結局、見かねた協力会社の人に運ばれ、雫は病院へと担ぎ込まれた。
目が覚めると、回診に来た看護師が呆れたように言った。
「仕事の付き合いだとしても、これほど飲むなんて無茶ですよ……
古泉さんは急性アルコール中毒ですよ。あと少し遅れていたら、胃洗浄をしても助からなかったところだったんです」
雫は何も答えず、ただ疼くように痛む腹部を静かにさすった。
そこへ、聞き覚えのある不快な声が響いた。
「奥様、看護師さんの言う通りですよ。でも、昨夜はあの方たちも、そこまで飲むよう強要はしていなかったはずですけど?」
美咲が、底意地の悪い笑みを浮かべて現れた。
「そういえば、昨夜は商業界の大物たちが何人も同席していたとか。奥様も、あんなにすごい方々を前にして気分が良くなって、ついつい飲みすぎちゃったんでしょうね?」
美咲の悪意ある誘導により、看護師が雫に向ける視線は、同情から軽蔑へと一変した。
雫は、虚ろで生気のない瞳を美咲に向けた。
「何の用?」
美咲はテーブルに置かれたスープを指差し、悪戯っぽく笑った。
「もちろん、社長の代わりに様子を見に来たんですよ。彼は昨夜、とっても『お疲れ』でしたから」
美咲がわざとらしく「お疲れ」という言葉を強調した。
雫は差し出された熱いスープを手に取ったが、そこから漂う異様な臭いを見逃さなかった。次の瞬間、彼女は器ごとスープを美咲に投げつけた。
不意を突かれた美咲は、熱いスープを浴びてしまった。液体が触れた箇所が瞬く間に異常なほど赤く腫れ上がっていく。
美咲の甲高い悲鳴が病室に響き渡った。
美咲が司に泣きつく前に、雫は先に司に電話をかけ、わざとスピーカーモードにして美咲の絶叫を彼に聞かせた。
電話の向こうで、司の怒りに震える呼吸が伝わってくる。
雫の蒼白な顔に、ようやく微かな笑みが浮かんだ。そして、冷静に言い放った。
「あなたの愛人が持ってきたスープから、鼻を突くような変な臭いがしたから、驚いて手が滑っちゃったの。
私に怒鳴り散らす暇があるなら、誰がそのスープに余計なものを入れたのか、じっくり調べたらどうかしら?」
その言葉が出た途端、先ほどまで悲鳴を上げていた美咲が、まるでミュートボタンを押されたように静まり返った。
司の声が、低く冷たく響いた。
「……そういうことなら、事の経緯は徹底的に調査させてもらう。
だが雫、忠告しておく。君の弱みはまだ俺が握ってる。二度と美咲をいじめるような真似はするな」
雫はスマホを握る手に力を込めた。そして、いつものように従順な声で「ええ」と短く返した。
しかし、その瞳には、骨の髄まで冷え切ったような殺気が宿っていた。
七日後、司にまだ自分を脅せるかどうか、見ものだわ。
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