雪降り、雲深く我を渡さず第3話
この話は約2143字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
瀬戸先生の手配は迅速だった。
翌日、絢瀬のもとには彼から送られた小包が届いた。
一か月後は彼女の誕生日だ。
奇妙な偶然か、その日は白鳥千早の誕生日でもある。
いつもの慣例なら、鬼塚はその日、町中が知る豪華な誕生パーティーを白鳥のために開くはずだ。
そして彼女の計画が順調に進めば、その日が白鳥千早の命日ともなる。
「今場所を送るから、すぐ胃薬を持ってこい」
夕食後、鬼塚から突然の電話がかかってきた。
電話を切り、外の土砂降りといわゆる胃薬を一瞥して、絢瀬の唇に苦い笑みを浮かべた。
胃が弱いならどうして酒なんか飲むんだ?
こんな天気の中、薬を届けろなんて……本音は薬などではなく、彼女を困らせ辱めるための口実に過ぎないだろう。
だが、もうどうでもよかった。
三年間も耐え抜いたのだ。今やもう残り僅か数日間、我慢できないわけがない。
絢瀬は運転手に高級会員制クラブへ向かわせた。
運の悪いことに、入った瞬間、鬼塚が仲間たちと自分について話しているのが聞こえた。
「隼人さん、絢瀬さんってほんと従順だよな。まるで犬みたいに」
「だから何なんだよ?隼人さんが好きなわけないだろ。あの女さえいなきゃ、とっくに好きな人と結婚できてたはずだから」
「それにしても厚かましいよな。いくら辱められても泣いたりわめいたりしねえ。まさに完璧な忠犬だぜ。ハハハ」
嘲りの言葉に、薬を握る指が微かに震えた。
ソファに座る鬼塚はそれらの言葉に一切反応を示さなかった。
絢瀬が入ってくるのに気づいて、その深い瞳がやっと動き、彼女に注がれた。
車で来たとはいえ、雨はあまりに激しく、降りてからクラブまでのわずかな距離でずぶ濡れになった。
髪は水を含み、頬には雨滴が伝う。
彼女はテーブルに薬を置き、鬼塚を一瞥することもなく、静かに言った。「薬は届けました。失礼します」
しかし、言葉が終わらないうちに、鬼塚は突然彼女の手を掴んだ。
彼女が顔を上げ、訝しげに見つめると、鬼塚は即座に手を離し、威圧的な声で命じた。「行くな。ここで酒をつけ」
周囲は皆、面白半分に見守っている。
絢瀬は一瞬呆然としたが、深く息を吸い、ゆっくりと鬼塚の前に進み出た。そして黙ってテーブルの酒瓶を取り、一人一人のグラスに丁寧に注いでいった。
「奥さんはほんと隼人さんの言いなりだな」と誰かが揶揄った。
鬼塚は彼女をじっと見つめ、突然立ち上がると怒りを含んだ声で言った。「ちょっとトイレ」
絢瀬はすぐさま隅へ退がり、俯いたまま黙り込んだ。
鬼塚に公衆の面で辱められることなど、もう幾度も経験済みだ。
だが彼女には理解できなかった。ここまで従順に、言われた通りにしているのに、なぜ彼はますます怒っているのだ?
「鬼塚さんがいると聞いて、ご挨拶に参りました!」突然、禿げた中年男が満面の笑みで個室のドアを開けた。
「隼人さんはトイレに」
「じゃ、少し待たせてもらうよ」男はそう言うと、隅にいる絢瀬に視線を移した。そして、目を剥いた。
「おい、このクラブ、いつからこんな美人の女の子がいたんだ?見たことないぞ」男は絢瀬に向かって歩み寄った。
「いや、それは……」誰かが止めようとしたが、絢瀬を見て、言葉を飲み込んだ。
「ねえ、一杯どうだ?この仕事、どれくらいやってるんだ?本当に可愛いな。終わったら、どこかで遊ばないか?」
男の目は猥褻そのものだった。
仲間の一人が調子に乗って言った。「彼女はこの仕事じゃないけどな。まあ、隼人さんに一声かければ、タダでベッドに放り込んでくれるかもよ」
「ほんとかい?」男の視線はさらに下品になり、そう言いながら、いきなり絢瀬の尻を触った。
絢瀬は即座に顔を上げ、男を睨みつける。
そしてバシッと男の頬を強く叩き、その場から走り去った。
ちょうど戻ってきた鬼塚と、涙目の絢瀬が廊下でぶつかった。
「どうした?」
絢瀬は答えず、ただ鬼塚を鋭く睨みつけると、そのまま去っていった。
彼女の脳裏には、先ほどの仲間の言葉がこびりついていた。
「隼人さんがタダでベッドに放り込んでくれるかもよ」
鬼塚は良い人ではない、心を動かすなと三年間、何度も自分に言い聞かせてきた。それでも、その瞬間、心が砕けそうな感じがしてならなかった。
ひょっとしたら、鬼塚は本当に他の男のベッドに自分を押し込むかもしれない。
涙を拭いながら、彼女は思った。白鳥しか見ていないあの男なら、平気で彼女を他の男に差し出すだろう。
だから、絶対心を許してはいけない。
たとえ胸が引き裂かれそうでも、計画は必ず遂行しなければ。
しかし、クラブの中では——
事件の顛末を聞いた鬼塚の顔は、血の気が引いて冷え切っていた。
彼はテーブルの酒瓶を手に取り、一瞬の躊躇もなく男の頭に叩きつけた。
そして、先ほど間違った発言をした震え上がる仲間を指差し、冷徹に口を開いた。「あいつらの足を一本折れ」
「了解です、隼人さん」
すぐに、クラブ中に男たちの悲鳴が響き渡った。
個室は死の静寂に包まれる。
鬼塚は冷ややかに言い放った。「言葉は慎みたまえ。たとえ俺が好きじゃなくとも、彼女は俺の妻だ。次にこんなことがあれば、足一本では済まないぞ」
そして、汗だくで震える禿げ男の前にゆっくり歩み寄り、唇を歪めて尋ねた。
「さっき、どの手で触った?」
「右、右手です……」
ガキッ!鬼塚は男の腕を難なく折った。
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