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雪が舞い、あの少年はもういない第1話

この話は約2781字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

夫の斉藤渉(さいとう わたる)が、妊娠した若いモデルの坂本胡桃(さかもと くるみ)を堂々と家に連れてきた。そして、彼女の療養のために寝室を明け渡すように言ってきた。

でも私は、これまでみたいに物を壊したり、ご飯を食べなくなったりはしなかった。

むしろおとなしく部屋を譲って、胡桃のために手料理まで作ってあげた。体にいい栄養満点のスープを。

それから私は、香市のセレブの間で笑いものになった。

渉に取り入ろうとする女たちは、みんな私のことを「ちょろい」と思ったみたい。渉の子供さえできれば、簡単に私を追い出せる、って。

渉の遊び仲間たちは、さらに私のことを馬鹿にした。「斉藤家っていう金の鳥かごから離れられない、かわいそうな女だ」って、笑いながら話していたらしい。

やがて、胡桃のお腹も目立ってきた頃。渉は、ベビー服にアイロンをかける私を、得意げな顔で見ていた。

「玲奈(れな)、外の女なんて、しょせんは遊びなんだよ。

お前がおとなしくさえしていれば、俺が外で何人女を作ろうと関係ない。俺の妻は、永遠にお前だけだから安心しろ」

誰もが、私が渉のお金目当てだから、こんなみじめな真似をしているんだと思っていた。

でも、本当の理由は私にしか分からなかった。

私は斉藤家と、ある婚前契約を結んでいたのだ。

【夫側に有責行為がある場合、その行為如何にかかわらず、妻が結婚生活を5年間続けた時点で、斉藤グループの株の10%を受け取ることができる】

そして今、その5年が経った。

渉の資産は何千億円。その半分が、これからは私のものになるのだ。

* * *

夫の斉藤渉(さいとう わたる)が、妊娠した若いモデルの坂本胡桃(さかもと くるみ)を堂々と家に連れてきた。そして、彼女の療養のために寝室を明け渡すように言ってきた。

でも私は、これまでみたいに物を壊したり、ご飯を食べなくなったりはしなかった。

むしろおとなしく部屋を譲って、胡桃のために手料理まで作ってあげた。体にいい栄養満点のスープを。

それから私は、香市のセレブの間で笑いものになった。

渉に取り入ろうとする女たちは、みんな私のことを「ちょろい」と思ったみたい。渉の子供さえできれば、簡単に私を追い出せる、って。

渉の遊び仲間たちは、さらに私のことを馬鹿にした。「斉藤家っていう金の鳥かごから離れられない、かわいそうな女だ」って、笑いながら話していたらしい。

やがて、胡桃のお腹も目立ってきた頃。渉は、ベビー服にアイロンをかける私を、得意げな顔で見ていた。

「玲奈(れな)、外の女なんて、しょせんは遊びなんだよ。

お前がおとなしくさえしていれば、俺が外で何人女を作ろうと関係ない。俺の妻は、永遠にお前だけだから安心しろ」

誰もが、私が渉のお金目当てだから、あんなみじめな真似をしているんだと思っていた。

でも、本当の理由は私にしか分からなかった。

私は斉藤家と、ある婚前契約を結んでいたのだ。

【夫側に有責行為がある場合、その行為如何にかかわらず、妻が結婚生活を5年間続けた時点で、斉藤グループの株の10%を受け取ることができる】

そして今、その5年が経った。

渉の資産は何千億円。その半分が、これからは私のものになるのだ。

……

私は変わらずベビー服にアイロンをかけていた。渉の愛の誓いのような言葉なんて、まったく心に響かなかった。

「わかってるわ」

私のそっけない態度に、渉は少しイラっとしたようだった。

渉にしてみれば、私がこんなに従順なのは慣れないことなのだろう。

なんせ半年前、彼がクルーザーで女優とキスしている写真が出回ったときは、高級なアンティーク食器一式を叩き割って、大騒ぎしたのだから。

渉は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにその苛立ちを抑え、私の頭をなでようと手を伸ばしてきた。

「玲奈、お前もようやく物分かりがよくなったな。やっぱり、お前は分別のある女だと思っていたよ」

私はさりげなくその手をかわした。

「キッチンに行って、スープができたか見てくるわ」

渉の手が宙で固まった。でも、彼はすぐにそれを引っ込めると、少しの雷鳴で胸に飛び込んできた胡桃をあやし始めた。

キッチンでは、土鍋がぐつぐつと湯気を立てていた。

熱い湯気が顔にあたって、目の奥がじんわりと熱くなった。

ぼーっとスープを見つめていると、さっきリビングで必死に保っていた気丈さが、あっけなく崩れていくのを感じた。

昔は、渉もこうやって私を守ってくれたのに。

あの頃、私たちはまだ江川市にいた。彼はまだ人目に出せない私生児の身で、兄一家の追っ手から逃れるため、母親に頼まれて私の家に預けられていたのだ。

ある年のとても寒い冬、私が高熱を出して、どうしても南区の栗が食べたいとわがままを言った。

車も走っていない中、渉は大雪の中を何キロも走って買いに行ってくれた。

戻ってきた彼の手は真っ赤に凍えていたけど、懐に抱えられた栗は、まだ温かかった。

その後、私の両親が交通事故で亡くなったときも、気を失うまで泣きじゃくる私を抱きしめて、渉は目を真っ赤にしながら誓ってくれた。「玲奈、これからは俺がお前の家族だ。命に代えても、お前を守る」って。

今、立派な「家」はある。

この豪邸は、港の景色を一望できる、ものすごく価値のある家だ。

でも、心から私のことだけを想ってくれていたあの男は、香市のきらびやかな世界で死んでしまった。

スープを持ってリビングに戻ると、胡桃が私のドレッサーの前に座って、母の形見であるヒスイのネックレスを手に取ってもてあそんでいた。

「渉さん、このネックレスすてき。私の肌に合うかな?」

渉は、彼女をとろけるような目で見つめた。「好きならあげるよ。どうせ玲奈はアクセサリーをいっぱい持ってるし、一つくらいなくなったって平気だろ」

私はその場で立ち止まり、指先が白くなるのを感じた。

あれは、母の形見なのに。

私は二人に近づき、声の震えを抑えながら言った。「このネックレスは古いものだから。お腹の赤ちゃんに障るといけないし。坂本さん、あなたがアクセサリーを好きなら、また今度、渉にオークションにでも連れて行ってもらって、新しいものを選んでもらったらどう?」

胡桃は顔をこわばらせ、何か不吉なものでも触ったかのように慌ててネックレスを置いた。

渉は眉をひそめ、汚らわしいもののようにネックレスをテーブルの奥へと押しやった。

その瞬間、彼の目に浮かんだ嫌悪の光を、私は見逃さなかった。

あのネックレスは、母の優しさと愛情そのものだった。それに、渉が一番つらかった時代を、ずっと見てきたものでもあったのに。

私の両親は、生きていたとき、渉のことを少しも邪険に扱ったことはなかった。

なのに今では、亡くなった両親の恩も忘れ、その形見までまるでゴミのように扱われている。

胸が、きゅっと痛んだ。

私は心の中でカウントダウンを始める。あと、3日。

あと3日だけ、耐えればいいんだ。

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