雨の記憶と、枯れた花の七年目第3話
この話は約1619字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
食事会は、なんとも言えない空気のままお開きになった。
友人たちがホテルまで送ってくれることになった。
皆、いい人だ。誰も私の結婚の失敗を蒸し返したりはしない。
私が苦笑いしながら「もう本当に気にしてないから」と強調しても、まだ気を遣ってくれているのが分かる。
母校の前を通りかかるまでは、本当に気にしてないというのに。
夜の闇の中、言い争う男女の声が聞こえてきた。
女が泣き叫んでいる。
「もう二度とこの場所には来ないって言ったじゃない!
まだあの女が忘れられないの!?
息子が撮りたがったなんて言い訳して、本当はあんたがあの女を撮りたかっただけでしょ?
あの泥棒猫……」
「いい加減にしろ!ここまでついてきて散々喚き散らして、まだ彼女を侮辱する気か!」
男の怒鳴り声が不意に止んだ。街灯の下に立つ私と、目が合ったからだ。
彼の隣にいた清香も、その視線を追ってこちらを見た。
七年ぶりに再会した二人の顔に、驚愕と狼狽の色が浮かぶ。
清香は反射的に髪を整えると、すぐさま蒼介の腕に抱きついた。
「あら、穂香さんじゃない?久しぶりね!」
無視する私などお構いなしに、彼女は蒼介にべったりと寄りかかり、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「今日、息子が撮ったあんたの写真見たわよ。随分変わったわね
女は顔が資本なんだから、ケチっちゃダメよ。エステのチケットでもあげようか?」
今にも飛びかかりそうな友人を制し、私はにっこりと微笑んでみせた。
「あなたも随分変わったわね。
二十代の頃より、ずっとマダムらしくなったわ」
清香の笑顔が凍りついた。
二十代という時期は、清香にとって最も思い出したくない過去のはずだ。
彼女が幼い頃から誇りにしていた西園寺家は、彼女が二十歳の時に突然破産した。
私と蒼介が彼女と再会したのは、ちょうど彼女が万引きをして店主に髪を掴まれ、引きずり回されている時だった。
無様に逃げ惑う彼女が顔を上げ、人だかりの中に私たちを見つけた瞬間、堪えていた涙が一気に溢れ出した。
結局、蒼介が金を払い、彼女を助けた。
ただの気まぐれな人助けで、それで終わるはずだと思った。
けれど、ある晩、蒼介が夕食中、清香を助けたいと言い出したのだ。
嫌な予感がして心臓が早鐘を打った。
清香が接触してきたのかと尋ねると、彼は首を横に振った。
彼は渋い顔で、油でベトベトの定食屋で皿洗いをしている清香を見かけ、不憫に思ったのだと言った。
私は雨の日になると痛む肩をさすりながら、何も言わなかった。
蒼介はそんな私を諭すように言った。
「彼女の実家には昔世話になっただろ?その借りを返すと思えばいい」
だが、借りを返すどころか、泥沼にはまっていくだけだった。
いつの間にか、清香は私たちの生活に入り込んできた。
最終的に、彼女は蒼介のアシスタントとして働き始めた。
あの日、彼女は蒼介に連れられて家に上がり込み、当たり前のように食卓を囲んでいた。
食事の最中、彼女は不意に私を見て涙をこぼした。
「穂香さん、蒼介さん、ごめんなさい。
昔の私が最低だったのは分かってる……
どうやったら許してもらえるの?」
蒼介は彼女にティッシュを渡し、優しい声で言った。
「もういいよ。あの頃は若かったし、仕方ないさ」
その光景に、料理の味がしなくなった。
私の肩は今でも雨が降るたびに疼くのに、放火した張本人が目の前で、私の夫に慰められている。
「清香、ごめんなさいの一言で、すべてがチャラになると思ってるの?」
清香は涙に濡れた顔を上げ、助けを求めるように蒼介を見た。
蒼介は眉をひそめた。
「穂香、彼女はここまで反省してるんだ。これ以上どうしろって言うんだ?」
どうしろって?
この女に、奪われた私の夢を返してほしい。
この目障りな女に、私の人生から消え失せてほしい。
けれど、私は何も言えなかった。
清香が突然、その場に土下座したからだ。
彼女は泣きじゃくりながら言った。
「ごめんなさい、必ず償うから」
彼女の言葉に嘘はなかった。
彼女は自分自身の体で、蒼介に償ったのだから。
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