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雨の中、もう君とは歩けない第3話

この話は約2352字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

航はこの家に残ることになってからも、ずっと不安そうにしていた。

その目の奥には、いつも怯えが滲んでいた。ここはもうお前の家でもあるんだから、と俺は笑って安心させた。

航は感激したように俺の手を握った。

「ありがとうございます、兄貴!実の親より、ずっとよくしてもらってます、俺、絶対に頑張ります。いつか必ず恩返ししますから」

俺は笑って、軽く拳で肩を小突いた。

それから会社の仕事を教え、服装も整えてやり、上流の人間たちの輪にも馴染めるよう手を貸した。

何か問題が起きれば、俺が前に出て解決したこともある。

一人でも人手が増えれば、栞の負担が少しは軽くなる。

俺は純粋に、航にも幸せになってほしかった。

やがて航は、人前でも堂々と話せるようになり、自信もついていった。

誰かに航を紹介するとき、俺はいつも、こいつは俺の弟みたいなもんだと言った。

栞の態度も少しずつ変わっていった。買ってくるプレゼントは、いつしか二人分になった。

自分から航に話しかけるようになり、ときには甘えた口調を見せることさえあった。

航も栞のそばをうろつきながら笑って会話に加わり、少し寂しそうに言った。

「俺、栞さんみたいな人に憧れてるんです。羨ましいなって思います」

すると栞は迷うことなく、航を会社へ連れていった。仕事を一から、手取り足取り教え始めた。

普段は何より効率を重視する栞が、驚くほど根気よく付き合っていた。

あまりにも熱心なので、俺が思わず釘を刺したこともあるが、栞は言った。

「向上心があるのはいいことでしょ。せっかくやる気があるのに、邪魔したくないの。どうせ身内みたいなものなんだし、少しくらい面倒を見てもいいじゃない。そのうち私も楽になって、圭吾と過ごす時間を増やせるし。

安心して。仕事は仕事だから。私が好きなのは、圭吾だけだよ」

それから栞と航が二人が会社で過ごす時間は、どんどん長くなっていった。

栞は昔から働き詰めだった。

だから俺は航に、栞のことをちゃんと支えてやってくれと頼み、二人分の食事まで俺が用意するようになった。

航は言った。

「栞さんは、兄貴みたいな旦那さんがいて幸せですね」

栞は俺に抱きつきながら笑った。

「もう一生仕事なんてしたくない。ずっと圭吾にくっついてたい」

なのに、ネット上に、二人の動画が流出した。

会社のオフィスの窓際で。栞が、航に押し倒されていた。

俺は会社まで全速力で走った。

オフィスへ飛び込んだとき、手にはまだ料理に使っていたフライ返しを握っていた。

頭に血が上った俺は、栞の顎を掴んだ。

「栞!俺にこんなことして、何とも思わないのか!どうして俺を裏切った!」

怒りでこめかみに青筋が浮かび、まともに喋ることすらできなかった。

それなのに栞は、まだ航の方へ寄ろうとしていた。俺のほうなど一瞥すらしない。

「何その顔。嫉妬に狂ったみたい、昔の圭吾は、こんなんじゃなかった。

航だって恥ずかしい思いをしてるの。そんなに騒いだら、これから会社でどうやって働けっていうの?圭吾は恥をかいても平気かもしれないけど、航には立場があるの」

昨日まで心の中で大切にしていた人間も、一度冷めれば、ただ鬱陶しいだけの存在になる。

俺は栞を壁に押しつけた。

「よくそんなことが言えるな?お前らの写真も動画も、とっくにネット中に出回ってるんだぞ!」

栞は面倒そうに舌打ちすると、俺を乱暴に振り払った。

その勢いで、デスクの上のポットが倒れ、熱湯が派手に飛び散って俺の足にかかった。焼けるような痛みで、周囲の音が遠のく。

「日本語が分からないの?航の潔白を証明しようともせず、ここまで来て騒ぎ立てるなんて。あなたって、航をいじめる以外に何ができるの?」

航はため息をつき、栞を抱き寄せて宥めた。

「大丈夫です……兄貴に嫌われても、俺は平気です。栞さんの心に、少しでも俺の居場所があれば、それでいいんです。

それと兄貴……俺を殴って気が済むなら、好きなだけ殴ってください。絶対にやり返しませんから」

俺は震える拳を固く握りしめた。

だが結局、栞は社員たちに命じ、俺を堂々と会社から追い出した。

俺は黙っていられなかった。二人が恩知らずだということを、世間中に知らしめようとした。

大金を使ってネット上に情報を拡散させ、二人の醜聞を徹底的に暴いた。

けれど、一日も経たないうちに記事も動画もすべて削除された。

騒ぎは嘘のように静まり返った。二人を非難する声は、きれいに消えていた。

そして栞は記者会見を開き、平然と言った。

「夫は精神的に不安定なところがあり、以前から航に対して強い敵意を抱いていました。陰で何度も、酷い言葉を浴びせていたことも確認しています。ですが、橘家には恩があります。だからといって、私は夫を見捨てるつもりはありません」

会社は、いつの間にか篠宮のものになっていた。

栞は証拠まで捏造し、俺が故意に航を陥れたのだと言い張った。

しかも俺のアカウントを勝手に使い、航への謝罪文まで投稿した。

航は寛大な顔で、気にしていません。やましいことがなければ、いつか真実は分かってもらえますから、と言った。

だが家に帰ると、栞はハイヒールで俺の腹を踏みつけた。そしてハンマーで、俺の指を叩き折った。

航に手を出したら許さないと警告し、俺の頭を押さえつけて、航の前に跪かせた。

航の名誉を傷つけたのは自分だと認めさせ、無理やり謝罪させた。

さらには、俺を精神科病院へ入れる手配まで済ませていた。

だがその矢先、栞の妊娠が分かった。腹の子は、俺の子だった。

俺は必死に頼んだ。産んでほしい。もう騒がない。何も言わないから。だから、この子だけは残してくれ、と。

薄暗い部屋の中、栞は長い間、何も言わなかった。

やがて、折れたように俺をそっと抱きしめた。

「圭吾、もうやめよう。これからは、ちゃんと一緒に暮らしていこう」

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