離婚の先で、幸せを見つけました第1話
この話は約1599字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
あるパーティーで、神崎グループの御曹司は、本当に結婚したいのは、婚約者の私ではなく、親の再婚で妹になった一ノ瀬絵麻(いちのせ えま)だと言い放った。
私は身を引き、長年思いを寄せてくれていた藤堂司(とうどう つかさ)と結婚した。
それから6年。幸せな結婚生活が続いていると信じていたある日、私にようやく子どもができた。
ところが妊婦健診で私に処方されていない、避妊作用のある薬を長期間摂取していた可能性を指摘される。
思い当たったのは、司が毎晩用意してくれた温かいミルクだった。
さらに、司が金庫へ大切にしまい、いつかプロポーズに使うつもりだと話していたダイヤモンドネックレスには、絵麻のイニシャルが刻まれていた。
私は愛されていたのではない。司は絵麻の将来を守るために私を一ノ瀬家から遠ざけ、6年もの間、愛情深い夫を演じていたのだ。
もう、自分を欺くのはやめよう。
手術同意書と、署名を終えた離婚協議書。
その2枚を手に、私は司との人生に終止符を打つと決めた。
* * *
「お嬢様、あれほど待ち望んでいた赤ちゃんなのに……本当に、手放してしまうんですか?」
「一ノ瀬美桜(いちのせ みお)さん」
看護師に呼ばれ、私は立ち上がった。
幼い頃から私の世話をしてくれた佐伯澄江(さえき すみえ)は、目を真っ赤にし、私の腕をつかむ手には力が入った。
「旦那様が知ったら、きっとお怒りになります」
私は澄江の手をそっとほどき、手術室へ向かった。
「怒るどころか、きっと喜ぶわ」
この子は、初めから彼に望まれていなかったのだから。
司と結婚して6年。子どもができないことを理由に、私は義母から散々責められてきた。
ようやく授かった命を手放すのが、つらくないはずがない。澄江は、この妊娠を私がどれほど待ち望んでいたか、ずっとそばで見てきた。
私は手にしたネックレスへ目を落とした。
司にもらった品の中では、いちばんささやかなものだった。それでも、私にとっては何より大切だった。
結婚した夜、司は自らこのネックレスを着けてくれた。
「美桜、君と結婚するのがずっと夢だった。これから先、何があっても俺が守る」
私は幼いころから、白い蓮の花が好きだった。だから司が、この蓮をかたどったネックレスを選んでくれたのだと思っていた。
あの頃は、一生をともにしたい人にようやく出会えたのだと信じていた。
ところが妊婦健診で、医師から思いもよらないことを告げられた。
「検査結果を見る限り、避妊作用のある薬を長期間摂取していた可能性があります」
頭の中が真っ白になった。
医師の言葉を聞いた瞬間、毎晩の光景がよみがえった。司は寝る前になると、決まって温かいミルクを用意し、「よく眠れるから」と私に飲ませていた。
私はずっと、司が気遣ってくれているのだと思っていた。
違った。彼は、私との間に子どもを望んでいなかったのだ。
優しさだと信じていたものは、すべて嘘だった。そう気づいた途端、胸の奥が冷たく沈んだ。
手術を終えて家に戻ってからも、澄江はずっとそばについていてくれた。
麻酔が切れるにつれ、下腹部が重く痛み始めた。
そのとき、不意に寝室のドアをたたく音がした。
「美桜、どうした?どうして鍵をかけてるんだ?」
ドアの向こうから、司の声がした。 心配しているようで、どこか苛立ちもにじんでいた。今にもドアをこじ開けて入ってきそうな勢いだった。
私は慌てて布団を引き上げ、痛みをこらえながら答えた。
「ちょっと体調が悪いだけ。今は顔を見られたくないの」
「具合が悪いなら病院へ行くぞ。注射も薬も嫌だからって、また我慢してるんじゃないだろうな。美桜、開けないならドアを壊すぞ!」
司がドアを蹴り、大きな音が響いた。
だが、廊下に誰かが近づいて小声で何かを告げると、その動きが止まった。司の秘書の声だった。
さっきまで何度も私の名を呼んでいた司の声が途切れたあと、ドアノブにかかっていた手が、ゆっくりと離れていく気配がした。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)