酒は寝かせる、愛は寝かせない第3話
この話は約2048字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
蓮は丸3日間、家に帰ってこなかった。
もう彼のことなどどうでもいい。
どうせあと数日もすれば、すべて終わるのだから。
私は法律事務所を出ると、南川国際学園の校長に返信した。
【必要な手続きはすべて済ませました。来週からよろしくお願いします】
家の前まで来たところで、焦げたような匂いが鼻を突いた。
これは……まさか、火事?
私は慌ててドアを開けた。
そこで目に飛び込んできた光景に、目の前が真っ暗になった。
蓮と紗季が、1つの箱を燃やしていた。
その箱に入っていたのは、すべて遥の遺品だった。
遥が最後に私に残してくれた、ほんのわずかな思い出の品だった。
双子の妹だった遥とは、幼い頃からずっと仲がよかった。
物心ついた頃から、何をするにもいつも一緒だった。
私にとって、遥はまさしくもう1人の分身のような存在で、いつしか私の人生から切り離すことのできない、大切な一部になっていた。
そんな遥は、去年山間部へ向かう途中、交通事故に遭って突然亡くなった。
両親は深い悲しみに暮れ、一晩で髪が白くなったほどだった。
私は3日3晩、遥の遺体のそばを離れなかった。
泣き続けて、目が潰れてしまうんじゃないかと思うほどだった。
そんな私に寄り添ってくれたのが蓮だった。
蓮に支えられるうちに、私は少しずつ立ち直っていった。
癒えることのない悲しみも、ほんの少しだけ和らいでいった。
遥が私の命そのものだと、蓮だって知っていたはずなのに。
それなのに、どうして……
「何してるのよ!?」
私は声が枯れるほど叫んだ。
夢中で駆け寄り、2人を押しのけて、必死に火を消そうとした。
でも、間に合わなかった。
残ったのは、遥の日記帳だけだった。
私は炎の中へ手を伸ばした。
手の甲がみるみる赤くなっていく。
それでも痛みなど構わず、日記帳を火の中から拾い上げた。
私は2人を睨みつけた。
目に宿った怒りが、そのまま炎になって燃え上がりそうだった。
「もういい加減にしろよ」
蓮は突然帰ってきた私に、あからさまに苛立っていた。
「どの口がいうの?そもそも私の私物を燃やしてるのはあなたたちでしょう?」
肩が自分の意思では止められないほど震えていた。
それに対し、蓮は淡々と言った。
「紗季はお前に突き飛ばされてから、ずっと体調がよくない。
占い師にも見てもらったら、悪い気に当てられたことが原因だと言われた。
どうせ遥の遺品が紗季に悪い影響を与えてるんだろ。
まったく、死んでからも人騒がせな奴だ」
そう言うと、蓮は私の手から日記帳を奪い取るや否や、もう1度火をつけた。
私は紗季に力いっぱい腕を掴まれた。
必死に振りほどいたときには、日記帳はすでに跡形もなく燃え尽きていた。
私はとうとう立っていられなくなった。
両脚から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
紗季が私のそばまで近づいてくる。
そして、私の首にかかったガラスのペンダントに目を留め、口元をわずかに上げる。
けれど、その笑みには温かさなど少しもなかった。
ペンダントの中に入っているのは、遥の遺灰だった。
私は昼も夜も肌身離さず身につけていた。
それがあれば、まるで遥が今も私のそばにいるような気がした。
私は怯えながら、ペンダントを両手で必死に庇った。
「何をするつもり?」
「蓮さん、これを見てください。たぶん、これが1番縁起の悪いものです。
これがある限り、私の体はよくならないと思います」
紗季は私のペンダントを指差し、悲しそうな顔をした。
蓮は私の手を無理やりこじ開け、ペンダントを一気に引きちぎった。
「真帆、たかがペンダントだろ。もっといいものを買ってやる」
私は反射的に蓮へ飛びつき、その腕を必死に掴んだ。
「蓮、やめて!『急がば回れ』って、いつも言ってたじゃない!
紗季のことだって、まだ他に方法があるはずでしょう。
だから、お願い。ペンダントを返して!」
絶望しながら、蓮自身がいつも口にしていた考えにすがって説得しようとした。
「お前の言う通りだ。でも、紗季の体のことがかかってる。もう待っていられない」
蓮は私を見つめた。
その目に、一瞬だけためらうような色が浮かんだ。
けれど、それもすぐに消えた。
「蓮さん、占い師さんは他にも言ってました。
私をこんな目に遭わせた張本人が、ちゃんと土下座して謝らないといけない。
このままだと、年を越せないかもしれないって……」
紗季は何も知らないような顔で言った。
そして私を見る。
「真帆さん、土下座してくれたら、ペンダントを返してあげてもいいですよ」
紗季は蓮からペンダントを軽々と受け取ると、手の中で弄ぶように撫で回した。
「真帆、土下座しろ。2度言わせるな」
蓮はネクタイを緩めた。
私はその場に膝をついた。
冷たい床の感触が額から伝わり、体の奥まで凍りついていくようだった。
私は今にも溢れそうな涙を必死にこらえ、ふらつきながら立ち上がった。
「いいよ。返してあげる」
紗季は笑った。
無邪気に見えるその顔は、ひどく残酷だった。
私が受け取ろうと手を伸ばした、その瞬間。紗季は手を離した。
ペンダントは床に落ちた。
そして次の瞬間、ガラスが粉々に砕け散った。
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