遠き海原に揺れる灯火第2話
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電話の向こうで、先生の声が一気に高まり、驚きと喜びが溢れていた。
「瀬戸さん、やっと決心がついたんだね!あのチームのチーフデザイナーは君の作品を最高評価してたよ。その感性は応募作の中で抜きんでていたよ。本当にミラノでやっていく覚悟、ある?」
美夕はまつげを伏せ、一語一語、噛みしめるように言った。
「もう決心しました」
電話の向こうが一瞬静まり、すぐに抑えきれない興奮した声が伝わってきた。
「よし!すぐにスタジオに連絡する。五日後、盛大な歓迎会を開いてあげるから!」
美夕はベッドの上の壁に飾られた、彼女と準一との写真に視線を向けた――
五日後、本来なら彼女と準一の結婚式が行われるはずの日だ。
彼女の瞳の輝きが少し色を失い、声に思わず苦味を滲ませながら、そう答えた。「承知しました。五日後にお会いしましょう」
電話を切ると、鼻の奥がつんと痺れ、目頭が熱くなるのを感じた。
この四年間の出来事が、波のように押し寄せてくる。
二人で乗り越えた苦しい日々、彼が耳元でささやいた優しい言葉――それらのすべてが、今では胸に刺さる棘と変わっていた。
ピンポーン――
スマホの通知音が彼女の思考を遮った。
ウェディングドレス店の店員から、音声メッセージが届いていた。
「瀬戸様、店長からお願いがございます。瀬戸様のウェディングドレスデザインの著作権を、市場価格の三倍で購入させていただけませんでしょうか。本日ご主人様がお受け取りになりましたあのドレスの、特にトレーンの独創的なデザインに見入ってしまいまして……ぜひともお譲りいただければ幸いです」
美夕は返信する気にもなれなかったが、その直後、玲子が新しい投稿をアップしたのが目に入った。
彼女の胸が一瞬、ふさがった。指先を震わせながらメッセージを開くと、自分がデザインしたあのウェディングドレスを玲子が着ている姿の写真があった。
3メートルの長さに数えきれないダイヤが散りばめられたマーメイドラインのトレーンは眩い光を放ち、丁寧に整えられた裾は完璧な形を描いていた。玲子は明るく輝く笑顔を浮かべ、片手をお腹に優しく置いている。次のキャプションを添えている。
【彼氏が特製のウェディングドレスでプロポーズしてくれた。今まで最高の贈り物!】
美夕はその写真を見つめ続け、ついに堪えきれず、涙が一筋こぼれた。ぽたりとスマホの画面に落ち、小さな染みを広げていく。
そのウェディングドレスは、彼女が三か月もの間、寝る間も惜しんでやっと完成させたものだ。
準一に気づかれないようにするため、彼が眠りについたあと、毎晩書斎でスタンドの微かな灯りを頼りに図面を描き続けていたのだ。
マーメイドラインの裾にあしらわれたダイヤは、彼女がスーツケースを引きずりながら宝石市場を巡り、丹念に一粒一粒選び抜いたものだ。
このドレスの全ての縫い目に、彼女の未来への希望が込められている。
彼女はデザインを完成させた際には、特にウェディングドレス店に口止めを依頼し、これは店舗専用デザインで、オーダーメイドが必要なものだと伝えていた。
デザイン画を目にした準一は、目を細めて、「……お前にぴったりなデザインだ。視力を失っても、センスは変わらずいいな」と言ってくれた。
だが実際には、彼女が宝物のように大切にしていたデザインは、準一にとって別の女性を喜ばせるための道具にすぎなかった。
彼女が長年夢見てきたウェディングドレスは、玲子にとって、ただのサプライズでしかなかった。
美夕は頬を伝う涙を拭い、立ち上がってクローゼットの前に歩み寄り、スーツケースを取り出して開けた。
もういい。このウェディングドレスは、どうせ私が着ることはないのだから。
準一がそれを玲子に渡そうと、あるいは他の誰かにあげようと、私にはもう関係のないことだ。
荷物を片づけている途中で、スマホが再び鳴った。準一からの音声メッセージだ。
再生すると、男の優しい声には、どこかそっけない響きが混じっていた。
「美夕、大切な取引先の接待がある。俺を待たないで、先に夕食を食べててね」
その後、一本の動画が添付されていた。
動画には、豪華に飾られた個室で数人が輪になって騒いでいる様子が映っていた。
準一は中央に座り、玲子を抱きしめ、手を彼女の腹に添えていた。
玲子の甘ったるい声が画面越しに響いた。
「準一さん、ただ妊娠しただけなのに、そんなに大げさにお祝いしなくてもいいのに。子どものお宮参りの宴を開くときに、みんなを招けばいいじゃない」
動画が最後まで再生される前に、画面は突然消えた――準一がメッセージを取り消したのだ。
続けて、もう一つ音声メッセージが届いた。
「美夕、さっき友人の動画を誤ってお前に転送してしまったんだ。開いてしまった?」
準一の探りを含んだ声を聞きながら、美夕はすぐに画面を消し、スマホを脇に放り出して荷造りを続けた。
スーツケースに服を詰めるたびに、美夕の思考も少しずつまとまっていった。
きちんと整頓された荷物の前に腰を下ろし、スーツケースの中にしまい込まれたパスポートを見つめていると、心が次第に曇りなく晴れていくのを感じた。
あと五日で、完全に離れられる。
窓の外は次第に暮れていき、美夕はベッドに横たわり、何度も寝返りを打ちながら眠れぬ夜が続いた。
彼女はスマホを手に取り、タイムラインを開くと、玲子の新しい投稿が目に入った。
添えられた言葉にはこう書かれている。
【人はいずれは、運命の人と結ばれるものだ】
写真の中で、準一と玲子は固く抱き合い、ペアリングをはめた手を高く掲げていた。
涙で視界がぼやけ、それが果てしなく頬を伝う。ひとしずくごとに、声にならない絶望と、心の破片を運んでいくようだ。
そうか、玲子は準一の運命の人か。
どれほど泣いたのかも分からない。声はかすれ、目は腫れ上がって痛んだ。やがて涙も枯れ、疲れが一気に押し寄せると、彼女は目を閉じ、意識が闇の中に途切れた。
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