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過ぎし日は空に帰す第2話

この話は約1619字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

「雪乃、カツサンドが食べたい」

その言葉に、私は手にしたスープを置いた。

「じゃあ、下の売店で買ってくるわ」

蓮司は口角を上げ、甘えるような猫なで声を出した。

「学生時代によく通った、あの店のやつがいいな」

私は一瞬、動きを止めた。

あの店は城東にあり、ここから車で一時間はかかる。しかも人気店だから、行列に並ぶ時間も馬鹿にならない。

往復すれば、どうあがいても半日は潰れる。

単なる思いつきなのか、それとも私を遠ざけるための口実なのか……もう、深く考える気さえ起きない。

私は何も言わず頷き、立ち上がって病室を出た。

ほどなくして、白いミニスカートの女の子が、階段から慌ただしく病室へ駆け込んでいくのが見えた。

彼女は目を潤ませ、勢いよく蓮司の胸に飛び込んだ。傷口に触れたのだろう、蓮司が無意識に眉をひそめたが、彼は歯を食いしばって痛みに耐え、声を上げなかった。

「来るなって言ったのに」

彼は慣れた手つきで女の子の腰を抱き寄せ、愛おしそうにその頬をつねる。

「だって、会いたかったんだもん」

女の子は顔を上げ、彼を見つめて甘えた。

「チューして、ギュッてしてほしいの」

蓮司の唇の端が吊り上がり、からかうような響きを帯びる。

「キスとハグだけでいいのか?」

女の子は瞳を潤ませ、彼の胸にねっとりと体を押し付けながら嬌声を漏らした。

「……あなたも欲しい」

蓮司の瞳が黒く沈む。彼は不意に彼女の顎を掴み、その唇を塞いだ。

静まり返ったVIP病室に、男女が唾液を交換し合う生々しい水音だけが響く。

蓮司の手がスカートの裾から内側へと這い上がり、女の子が堪えきれずに甘い声を漏らす。

このまま一線を越えそうになったその時、蓮司は理性を働かせ、彼女を軽く押し退けた。声は情欲で嗄れている。

「……もう帰る時間だ」

女の子は名残惜しそうに彼の腕から離れた。

「また明日、来てもいい?」

蓮司は彼女の頬にキスをし、優しく言い聞かせた。

「しばらくは来るな。君に毎日ここを通わせるのは、俺が辛い」

「退院したら、埋め合わせしに行くから……帰ったらもっと食えよ」

彼はベッドの背もたれにだらしなく寄りかかり、女の子の胸の膨らみを掌で包み込みながら、ふざけた口調で言った。

「痩せたな」

女の子は羞恥と怒りで彼に飛びかかり、噛みついた。蓮司は軽く舌打ちをし、甘やかすように言った。

「君は犬か?……どんだけ噛みつくのが好きなんだよ」

その聞き慣れた口調に、私の思考が停止する。

まったく同じ言葉を、彼に言われたことがあったからだ。

蓮司が高校三年生で、私が大学三年の時のことだ。

彼は海外留学の提案を蹴り、頑なに私と同じ市内の大学を受験すると言い張った。

その件で、彼の母親が私を訪ねてきた。

意外なことに、よくある手切れ金を渡されるような展開でも、嫌がらせを受けるわけでもなかった。

彼女は私の留学費用を全額支援すると申し出た上で、蓮司の勉強を見てやってくれたことに感謝までしてくれたのだ。

私は礼儀正しくその申し出を断った。僅かに残った自尊心を守るために。

だが、蓮司を説得して留学させることだけは承諾した。

蓮司は初めて私に対して激昂した。私の抵抗など意に介さず、暴力的で、それでいて不器用なキスを強引にしてきた。

彼を押しのけることもできず、私は息継ぎの隙を見て彼の唇に噛みついた。手加減ができず、彼の口角からは血が滲んだ。

けれど彼は怒るどころか、私の鼻先に額を押し当て、鼻を鳴らして笑ったのだ。

「君は犬か?……どんだけ噛みつくのが好きなんだよ」

記憶が鮮明に蘇った瞬間、握りしめた拳の甲に、涙がポタリと落ちた。

爪が食い込む鋭い痛みを感じながら、私は今すぐドアを蹴破って中へ入りたい衝動を必死に抑え込み、逃げるようにその場を離れた。

今の蓮司はもう、あの頃の少年ではないのだ。

私はカツサンドを買い、病院のロビーのベンチに座って時間を潰した。

あの甘ったるい後ろ姿が病院の出口へ消えていくのを見届けてから、冷めた弁当箱を提げ、病室へと戻った。

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