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過ぎし日は空に帰す第1話

この話は約2281字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

事故の瞬間、如月蓮司(きさらぎ れんじ)は咄嗟に私・葉山雪乃(はやま ゆきの)を強く抱き寄せ、その身で庇った。

そのおかげで私はかすり傷一つ負わなかったが、彼はICUへと運ばれた。五時間近くに及ぶ懸命な救命処置の末、ようやく一般病棟に移ることができた。

見舞いに訪れた友人たちは皆、羨望の眼差しで口々に感嘆した。

「さすが、『愛妻家』の代名詞と言われるだけあるわね。命を捨ててまで奥さんを守るなんて。雪乃、本当に愛されてるわね」

「どこにお参りすれば、こんなにイケメンでお金持ちで、しかも一途な旦那様を授かれるのかしら。教えてほしいくらいよ」

私は張り付いたような笑みを浮かべ、無言を貫いた。

なぜなら彼女たちは知らないからだ。彼女たちが崇めるこの「愛妻家」の蓮司には、とっくに外に新しい女がいるという事実を。

事故が起きる直前、彼は地下駐車場で、あの若く美しいインターンの女に絡みつき、何度も何度も情事を重ねていたのだ。

その瞳には、私にはもう長いこと向けられていない、強烈な快楽と悦びが宿っていた。

一方で私は、泣き喚くことも問い詰めることもせず、ただ静かに、ある「事故」を画策していた。

本来なら、私はこの事故で「死ぬ」はずだったのに……

* * *

事故の瞬間、如月蓮司(きさらぎ れんじ)は咄嗟に私・葉山雪乃(はやま ゆきの)を強く抱き寄せ、その身で庇った。

そのおかげで私はかすり傷一つ負わなかったが、彼はICUへと運ばれた。五時間近くに及ぶ懸命な救命処置の末、ようやく一般病棟に移ることができた。

見舞いに訪れた友人たちは皆、羨望の眼差しで口々に感嘆した。

「さすが、『愛妻家』の代名詞と言われるだけあるわね。命を捨ててまで奥さんを守るなんて。雪乃、本当に愛されてるわね」

「どこにお参りすれば、こんなにイケメンでお金持ちで、しかも一途な旦那様を授かれるのかしら。教えてほしいくらいよ」

私は張り付いたような笑みを浮かべ、無言を貫いた。

なぜなら彼女たちは知らないからだ。彼女たちが崇めるこの「愛妻家」の蓮司には、とっくに外に新しい女がいるという事実を。

事故が起きる直前、彼は地下駐車場で、あの若く美しいインターンの女に絡みつき、何度も何度も情事を重ねていたのだ。

その瞳には、私にはもう長いこと向けられていない、強烈な快楽と悦びが宿っていた。

一方で私は、泣き喚くことも問い詰めることもせず、ただ静かに、ある「事故」を画策していた。

本来なら、私はこの事故で「死ぬ」はずだったのに……

……

「雪乃!」

静まり返った病室に、突如として恐怖に満ちた低い叫び声が響いた。

私は慌ててスマホを置き、ソファから立ち上がった。ベッドに近づくやいなや、蓮司の腕の中に強引に引きずり込まれる。

彼の体は、小刻みに震え続けていた。

「どうしたの?……悪い夢でも見た?」

私は彼の背中を優しく撫でる。

腰に回された腕が、徐々に締め付けるように強くなる。

「雪乃、俺から離れないでくれ……」

私の手が、一瞬止まった。

「ここ数日、夢を見るんだ。君が血の海に倒れている夢ばかり……」

蓮司は顔を上げ、私を見た。その両目は真っ赤に充血していた。

「これからは、君を俺の視界から出さない。一秒たりとも」

私は彼の震える体を抱きしめ、必死になだめた。

「大丈夫よ。どこにも行かないわ」

しばらくして、彼はようやく腰の力を緩めた。自分の隣のスペースをポンポンと叩く。

私はその場から動かなかった。

「雪乃~」

彼は懇願するような瞳で私を見上げた。その口調には、珍しく甘えるような響きがあった。

「最近、どうしてそんなに俺に冷たいんだよ……

俺、何か悪いことしたか?言ってくれれば絶対直すからさ。な?」

彼は私の掌に頬を擦り付けた。その無防備で依存しきった姿は、少年時代の蓮司そのものだ。

私は、彼の高い鼻梁に残るかさぶたを見つめ、小さく溜息をついた。そして布団をめくり、彼の隣に横になった。

瞬間、彼は私を強く抱きすくめた。その瞳には、失った宝物を取り戻したような、満ち足りた色が浮かんでいる。

「雪乃」

「ん?」

「愛してる」

蓮司は睡魔と戦いながら、私が「私も愛してる」と返すのを待っていた。

けれど今回、彼はどれだけ待っても、意識が遠のくその瞬間まで待っても、返ってきたのはただ一言、「もう寝て」という言葉だけだった。

彼は無意識に腕の力を強め、ついに抗えない眠気に落ちていった。

隣で寝息が安定したのを確認し、私は目を開けて彼をそっと押し退けようとした。

だが、少し身じろぎしただけで、さらに強く抱きしめ返されてしまう。これ以上は身動きが取れない。私は諦めて、大人しく彼の腕の中に収まった。

ここ最近、まともに眠れていなかったせいもあるだろう。馴染みのある匂いに包まれ、私もすぐに眠気に襲われ、蓮司の懐で眠ってしまった。

けれど、私の眠りはいつだって浅い。

だから深夜、背後から微かな気配がした時、私はほぼ一瞬で目を覚ました。

「泣くなよ莉奈(りな)、俺は大丈夫だから」

洗面所の方から、蓮司の押し殺した声が聞こえてくる。

「見舞いなんて来なくていい。治ったらすぐそっちに行くから。

俺も会いたいよ……いい子だから、体大事にしろよ。退院したら、覚悟しとけよ?」

私は彼に背を向け、寝たふりを続けた。

目は瞬きもせず、窓から差し込む青白い月光を見つめ続ける。目が痛み、涙が滲んでくるまで。

……もう愛さないと決めたはずなのに。それでも、心は痛むものなのだ。

やがて、背後から戻ってきた彼に、再び優しく抱きすくめられた。

私は黙って目を閉じた。

一滴の涙が目尻から流れ落ち、枕に吸い込まれ、跡形もなく消えていった。

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