遅すぎた溺愛第3話
この話は約1641字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
彼のその待ちわびた様子は、推測するまでもなく明らかだ。
沙耶香が何を送ったのかはわからないが、慎也はとても上機嫌だ。氷のように冷たい顔は春風に溶けるように淡く綻ぶ。
その後、彼は食事にすら手を付けなくなった。まばたきもせずにスマホを見つめ、指が画面の上を飛び交っていた。
彼がそんな様子なので、私はあらかじめ準備していた離婚届を手に取り、彼の前に差し出した。
「離婚しよう」
慎也は相変わらず視線をスマホから離さなかった。私の言葉を聞いても淡々とうなずき、適当に「うん」と返事をした。
全く意外な反応ではなかった。五年間、彼はずっと私にこんな無関心な態度だったのだから。
今、沙耶香が帰国した以上、彼が私に一秒たりとも時間を割きたくないのは当然だ。
私は離婚届の署名欄を指で示す。
「ここに、サインを」
慎也は流れるようにペンを受け取り、もう一方の手はまだ絶え間なく文字を打ち続け、離婚届には目もくれない。
「これで私たちの縁は、完全に切れる」
離婚届をしまい、私は静かに慎也を見つめた。
慎也は相変わらず「うん」と答え、ナプキンで口を拭くと席を立った。その間、ずっとスマホを離そうとしなかった。
彼が去っていく背中を見ながら、私はそれでも口を開かずにはいられなかった。
「慎也、今の話、聞いてた?」
彼の足取りは少し止まり、それから少し困惑したように振り返った。目には苛立ちが浮かんでいた。
「補助金に関する件だろう?さっきもう契約書にサインしたはずだ。何か問題でも?」
その言葉に、私は自嘲気味に笑って、首を振った。
補助金の契約書は、確かに以前彼にサインしてもらっていた。
もういい。彼が気にかけようと、かけまいと、どうでも良かった。
慎也が去った後、私はここ数年五十嵐家から受け取った物を、すべて売却アプリへ出品した。
整理が終わると、今度はかつて慎也に贈ったプレゼントを全て古物商に売り払った。
ここ数年、私は彼のために多くのプレゼントを準備してきた。しかし、彼はそれらを一瞥しただけで片隅へ放り投げた。
慎也は私が彼のためにした全てのことを、一度として大切にしたことはない。
古物商のトラックが遠ざかっていき、私は服のほこりをはたいて別荘に戻ろうとした。その時、一台のベントレーが目の前に停まった。
五十嵐家の兄妹と、一人の愛らしい女性が車から降りてきた。
その愛らしい女性は、おそらく沙耶香だろう。
彼女を直接目にしたのは、これが初めてだ。
腰まで届く漆黒の長い髪。瞳は水のように澄んでいて、人を見つめるときにまるで誘うような輝きを持っている。しかも、愛らしい白いワンピースを着ている。道理で慎也がそんなに忘れられないわけだ。
慎也の妹、五十嵐由衣(いがらし ゆい)は古物商のトラックが遠ざかっていくのを見て、私を値踏みするように眺めた。目に浮かぶ嘲笑の色は隠そうともしなかった。
「やはり貧乏な家の出ね。ボロボロの古いやつまで売りに行くなんて」
その言葉を聞いた沙耶香は歩み寄り、由衣の手を握った。そして、流れるような目線を動かして口を開いた。
「由衣ちゃん、そんな失礼なこと言わないでください。浅野さんはなんと言ってもあなたの義理のお姉さんですよ」
由衣は不満げに唇を尖らせ、私を鋭く睨みつけた。
傍らにいた慎也はこれを見て、低く笑った。
彼は慈しむように沙耶香の頭を撫でた。そして、再び私を見た時には、冷たさだけが残っていた。
「沙耶香が遊園地に行きたいって。君もついて来い」
冷たい口調でこの言葉を言い残し、彼は車に乗り込んだ。
行く途中、車内では三人の会話だけが弾んでいた。私の存在など、誰も気にしなかった。
しばらくして、沙耶香は突然何かを思いついたように、少し申し訳なさそうに言った。
「浅野さん、ごめんなさい、あなたをないがしろにしてしまって。私たちのこれまでの人生に、あなたは加わっていなかったものですから」
それを聞いて、私の心には何の動揺もなく、同じく微笑みで返した。
彼らのことには、過去も、そしてこれからも、加わるつもりはない。
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