逃げた私を、兄たちは追いかけて第1話
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十歳の時、陸橋謹治に救われた私。
彼は「一生守る」と約束してくれた。
十五歳の時、深水望と出会った私。
彼もまた「一生守る」と誓ってくれた。
そして二十三歳。一生を誓ってくれた二人は、
自分たちの初恋の人のために、私を海に投げ込んだ。
* * *
ドン!
私は荒々しく、底なしの海へと投げ込まれた。
クルーズ船のデッキから歓声が上がる。周りの人々は興奮して拍手喝采を送っている。
海に投げ込まれた人間が生きて岸に辿り着けるかどうかなど、誰一人として気にかけている様子もない。
必死に手足をバタつかせ、「助けて!」と叫ぼうとした瞬間、塩辛い海水が口の中に流れ込んできた。
「た、助けて......!
お願い......誰か......!」
私の必死の叫びは、彼らの興を添えるだけの余興でしかなかった。
むしろ、それを面白がってパンやワインまで投げ込んでくる者までいる。
甲板の上の人々は腹を抱えて笑っていた。まるで海の中にいるのは一人の人間ではなく、ただの見世物のように。
次第に腕も脚も動かなくなり、足がつり始める。徐々に沈んでいく体。
朦朧とする意識の中、甲板に立つ二人の男の姿が目に入った。
一人は、私に新しい人生をくれた人。今、その人は無表情なまま、海の中で必死にもがく私を見下ろしている。
もう一人は、一生大切にすると約束してくれた人。なのに今、その人は別の女性を優しく抱きしめ、周りの人々と同じような表情を浮かべていた。
嘲笑、愚弄、そして冷たい興味。
彼の目には、私はただの玩具としか映っていないのだろう。
疲れた。心も、体も限界だった。
少しだけ、休ませて——。揺れる波は、幼い頃に母が私を寝かしつけてくれた時の温もりのようだ。私はゆっくりと目を閉じ、微かな笑みを浮かべた。
母の腕の中で安らかに横たわっているような気分。周りの嘲笑も、彼らの偽りの優しさも、もう何も気にしなくていい。ただ、静かに眠りにつけばいい。
でも、この安らぎは束の間のものだった。
耳元で交わされる小声の会話に、私は目を覚ました。
まぶたが震え、ゆっくりと目を開けると、真っ白な天井が広がっていた。
頭の中が真っ白で、何も思い出せない。自分が誰なのかさえ、分からない。
その時、周りの声が慌ただしくなった。
「患者さんが目を覚ましました。すぐに陸橋様と深水様にお知らせを」
「もう一度検査をして、追加の治療を行いましょう」
私はベッドに横たわったまま、医療スタッフの処置を受け入れた。
誰かが水を飲ませてくれた。カラカラに渇いた喉が潤され、頭の中も少しずつ冴えてきた。
思い出した。私は陸橋謹治の同伴として、霧島晴のクルーザーでの誕生日パーティーに出席していた。
気分が高揚していた霧島晴は、パーティーの主役として、陸橋謹治と深水望に賭けを持ちかけた。
賭けの対象は、彼女と私。負けた方の女性同伴者を、安全措置なしで海に五分間投げ込むという、命懸けの賭けだった。
生死は運次第——。
霧島晴はスリルを求めていたが、私は彼女の狂気に付き合うつもりはなかった。まして命を賭けるなど御免だった。
けれど陸橋謹治も深水望も、彼女の歪んだ願望を叶えるため、私を強引に押さえつけ、狂気じみた賭けを始めた。
ルールは単純。カードの大小を競い、三回戦で二勝した方が勝者となる。
私は陸橋に懇願するような目を向けた。少しでも分別があることを願って。でも彼は目も合わせず、ただカードを見つめているだけ。
深水の方を見ても、彼の目には霧島晴の姿しかなかった。
彼は私を嘲るように一瞥し、軽く笑って言った。「杏ちゃん、怖がらなくても。もしかしたら最後は陸橋が勝つかもしれないよ?」
そう、すでに二回戦が終わり、結果は一勝一敗の互角。
私は陸橋に望みを託した。この先の人生の全ての幸運を、この勝負に賭けてもいいと思った。
だが結果は......陸橋がカードを伏せ、降参を告げた。
周囲からは信じられないという声が上がり、私も目を見開いた。
いつも勝負に執着する陸橋が、生まれて初めて「負けを認める」と言ったのだ。
「ごめんね、杏ちゃん。この勝負、僕の勝ちだよ」深水は嘲るように笑った。
私の目から光が消え、全身の血の気が引いていく。
霧島晴は手を叩きながら、狐のような目を細めた。
「残念でしたね、城井さん。今夜は貴女が海に潜ることになりましたよ。
みなさん、真ん中を開けてください。特等席で観賞させていただきますから」
私はボディーガードに両脇を抱えられ、陸橋の前を通り過ぎる時、彼の服の裾にすがりついた。目には最後の望みを宿して。
「お兄さん......謹治お兄さん、私、泳げないの。助けて......」
陸橋は無表情なまま私を見下ろし、私の手の甲に自分の手を重ねた。
「杏、兄さんが負けたんだ。賭けは賭けだ」
真夏だというのに、私の体は震えが止まらなかった。
枯れ木のように硬直した私の体は、力任せにクルーズ船から投げ落とされた。
海面への衝撃で頭がクラクラし、こめかみに鋭い痛みが走る。
そして、一生の支えになると約束した二人は、冷ややかな目で、いや、むしろ興味深そうに私を見つめていた。
その瞬間、私は今までに感じたことのない絶望を味わった。
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