轢殺から始まるやり直し第3話
この話は約2401字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
だが相手は凶悪な顔で唾を吐き捨てた。
「何を寝ぼけたこと言ってやがる!葉山家で十年近く仕えてきたが、坊ちゃんとお呼びするのは雅也坊ちゃんただ一人だ。てめぇが何者だ。よくもまあ、名乗れたもんだな!」
そこでようやく雅也がボディガードの背から出てきて、冷たい目で俺を見据えた。
俺を見る視線は、俎板の鯉を眺めるみたいだった。
雅也は安澄に顔を向けた。「安澄、これどうする?今夜は友達と静かに一杯やりたかっただけなのに、お前の彼氏がみんなの前で俺を『葉山家の偽物』だって言い出した。
葉山家は目立つなってのが家訓だ。だから俺は我慢に我慢を重ねて、車に乗せて丁重に帰してやった。
それなのに今度は、俺が車で轢いたなんて言いがかりまでつけてきた。葉山家の名を汚した落とし前、どう付ける?」
口から出てくるのは、事実をねじ曲げた話ばかりで、聞いているだけで呆れる内容だった。
それなのに安澄は顔色を失い、俺の襟首をつかんで車椅子から引きずり落とした。
さらに膝を蹴りつけ、俺を地面に叩きつけるように跪かせた。
安澄は周りに命じて俺の頭を押さえつけ、床に叩きつけるように額を打たせる。「恒一、まさかあんたがこんな人だとはね。雅也に謝りなさい!許してもらえるまで、ずっと頭を下げ続けて!」
悔しさで体が震え、俺は起き上がろうともがいた。
兄さんはいつも言ってた。男が膝を折るのは、守りたい相手のためだけだって。
それ以外でこんな真似をするなんて、人としての尊厳を踏みにじられるのと同じだ。
安澄はそれを見て冷たく笑い、上から目線で言い放った。
「まだ意地張ってるの? 教えておくわ。 葉山家とうちで縁談がまとまるの。相手は私よ。
私たちの世界で、あんたみたいな貧乏人が入り込めるわけない。さっさと夢を見るのはやめて、今ここで雅也に頭を下げなさい。昔のよしみで、命だけは助けてもらえるよう頼んであげる」
こめかみがひくつき、俺は笑ってやった。「安澄、葉山家が誰と縁談を組もうが、お前だけはない。今のうちに、一ノ瀬家から放り出される覚悟でもしとけ」
その一言で安澄の堪忍袋の緒が切れた。そばの花瓶を叩き割り、尖った破片を握って俺の太腿に突き立てようとする。
「下衆が!誰に向かって口をきいてるの!
そこまで強がるなら、二度と立ち上がれないようにしてあげるわ。まだそんな口がきけると思ってる?」
押さえつけられて身動きできず、俺はただ目を閉じた。
だが、想像していた痛みは来なかった。
目を開けると、いつの間にか美和が俺をかばって立っていた。
病衣は広い範囲が血で染まり、それでも俺の前に立って、かすれ声で言う。「安藤の話を信じちゃだめ。あいつは筋も通せないチンピラだよ。葉山家の人間なんかじゃない。
それでも恒一に手を出すなら、まず私を殺してからにして!」
安澄は、姉の体に幾重にも走る新旧の傷跡を目にして、思わず言葉を失った。問いかけようと口を開いた、その瞬間――
だが、雅也のほうが早かった。動揺を顔に出すこともなく、美和の腕を乱暴に引き寄せると、平手を叩きつけ、怒鳴り声を上げた。
「この恥知らず!こんな時まで、俺の悪口で火をつけやがって!
知ってんだぞ。俺の仲間を落とせなかったからって逆恨みして、金をふんだくろうとしてるんだろ。姉妹のくせに、安澄が葉山家と縁談になるのが、そんなに妬ましいか?貧乏人の恒一と一緒に病院に現れた時点で、魂胆は見え見えなんだよ!」
美和は一発で倒れ込み、口から血を吐いた。
顔色はさらに青ざめ、今にも崩れ落ちそうだった。
ボディガードはにやりと笑い、そのまま美和を脇の部屋へ引きずり込んだ。
俺が止めようとした瞬間、安澄が花瓶を振り下ろし、俺を床に叩きつけた。
安澄は怒りで声を震わせた。「だからか……前の人生でも……あんたたち、やっぱりグルで私を騙してたのね!」
背筋が凍った。安澄も――やり直してる。
だから今世、俺が助けを求めてもいないのに、電話の時点で俺を嘘つき扱いしたのか。
血がどくどく流れて、頭がくらむ。声も出せず、床に這いつくばって弱々しくもがくしかなかった。
安澄は大きく息を吸い、俺の手首をがっちりつかんだ。
「葉山家の御曹司に手を出したら、どうなるか分かってる?
生まれて間もない頃、一度さらわれたことがあるの。でも葉山家は、少しも取り乱さなかった。結果――犯人はその日の午後には手足をへし折られ、八つ裂きにされて、野に捨てられた。
中学の頃には、足元に釘をばらまいた奴がいた。そいつは翌日、両脚を粉砕骨折。
大学では、腹に一物ある女が近づいてきたけど、二股がバレた途端、きれいさっぱり消えたわ。跡形もなくね。
葉山家に消される前に、私が手加減してあげてることに、感謝しなさい」
そう言って安澄は鋭いメスを取り上げ、俺の手首に突き立ててぐりぐり掻き回した。
痛みで震えながら歯を食いしばり、絞り出す。「家に知られたら、先に死ぬのはお前らだ」
雅也が鼻で笑い、次の瞬間、腹に容赦ない蹴りを叩き込んだ。
「死にかけて、まだ寝言かよ。まずは生きてここを出てみろってんだ。今日は俺が、お前を甘やかした親の代わりに、たっぷり叩き直してやる。俺に逆らうってのがどういうことか――体に刻み込んで教えてやるよ!」
片方は俺の手首の腱を切り、もう片方は拳と蹴りを容赦なく叩き込む。
体のあちこちが焼けるように痛み、俺は必死に後ずさった。
だが勇次に押さえつけられる。凶悪な顔で平手を食らわせ、唾を吐き捨てた。
「逃げる気か!坊ちゃんに残した傷、倍どころか何倍にもして返してやる。ここで大人しく殴られてろ!」
俺は完全に押さえ込まれ、指一本動かせない。
悔しさを噛み殺して目を閉じ、ただ静かに、命が削れていくのを待った。
絶望に沈みきる寸前、病院の扉が勢いよく開き、兄さんが連中を引き連れて入ってきた。
兄さんが怒鳴りつける。「ここで何してる!」
そう言うと、兄さんの視線がまっすぐ俺に落ちた。
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