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豪雨の後に枯れた愛第1話

この話は約1906字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

大晦日の夜、年越し蕎麦の香りが部屋いっぱいに漂っていた。

おばあちゃんが古びた写真を持ってきた。端がすり切れるほど触られた一枚だ。

「蒼はもうすぐ帰ってくるんじゃないかい?」

言葉に詰まった。

三年経っても、おばあちゃんはいつも忘れてしまう。弟はもうとっくにいない。

骨壺を受け取りに行ったのは、私だった。

そこへ、スマホが鳴った。

その名前を見た瞬間、全身の血が凍りついた。

「何か用?」

向こうの声は嗄れていた。

「もう三年だぞ。まだ怒ってるのか?

俺と息子はずっとお前の帰りを待ってる、今、下にいる」

私は窓際に近づいて、下を見た。大きな影と小さな影が並んで立っていた。

電話の向こうで、息子が泣きそうな声で「ママ」と呼んだ。

私は静かに答えた。

「私たちはとっくに離婚した。息子も、私についてこないと言ったでしょう」

言い終えて、電話を切った。

* * *

大晦日の夜、年越し蕎麦の香りが部屋いっぱいに漂っていた。

私のおばあちゃん・白石澄江(しらいし すみえ)が古びた写真を持ってきた。端がすり切れるほど触られた一枚だ。

「蒼はもうすぐ帰ってくるんじゃないかい?」

言葉に詰まった。

三年経っても、おばあちゃんはいつも忘れてしまう。弟の白石蒼(しらいし あお)はもうとっくにいない。

骨壺を受け取りに行ったのは、私だった。

そこへ、スマホが鳴った。

その名前を見た瞬間、全身の血が凍りついた。

「何か用?」

向こうの声は嗄れていた。

「もう三年だぞ。まだ怒ってるのか?

俺と息子はずっとお前の帰りを待ってる、今、下にいる」

私は窓際に近づいて、下を見た。大きな影と小さな影が並んで立っていた。

電話の向こうで、息子が泣きそうな声で「ママ」と呼んだ。

私は静かに答えた。

「私たちはとっくに離婚した。息子も、私についてこないと言ったでしょう」

言い終えて、電話を切った。

私のおばあちゃんの手はひんやりと冷たくて、触れた瞬間はっとした。

彼女が顔を近づけてきた。目に子供みたいな輝きがあった。

「蒼が帰ってきたんじゃないかい、電話の音がしたよ、びっくりさせようとしてるんだろう?」

胸を大きな手で握りしめられるように、心臓が痛んだ。

私と蒼は幼い頃から母も父もいなかった。おばあちゃんが廃品回収をしながら二人を育ててくれた。

おばあちゃんはいつも言っていた。

「あんたたちが立派になったら、おばあちゃんも楽ができるよ」

蒼が事故に遭ったあの日、こんなメッセージが届いた。

【姉ちゃん、おばあちゃんに赤いウールのセーター買ったよ。きっと似合うと思う】

その後にひとつの袋だけが私の元に届いた。

中に入っていたのは、その赤いセーターだった。タグも外されていなかった。

おばあちゃんがおかしくなり始めたのは、あの頃からだ。

医者には彼女はショックが大きすぎてアルツハイマーになったと言われた。

嫌なことを忘れられるなら、それでもいいかもしれない、と思った。

「蒼は残業よ。

大晦日に残業すると手当が出るって言ってたじゃない」

おばあちゃんの手を自分の胸元に包み込んだ。

おばあちゃんはゆっくりと頷いて、指先で無意識に私の袖口を引っ張っていた。

「そうだね、蒼が新しい服を買ってくれるって言ってたね」

息が詰まって、ただ強く瞬きするしかなかった。涙をこぼさないように。

赤いセーターはまだ私のクローゼットの一番下にある。取り出す勇気がない。

ノックの音がしたのは、その時だった。

ドアを開けると、廊下の薄暗い光の中に姑の東條節子(とうじょう せつこ)が立っていた。手に菓子折りを持って、顔に笑みを貼りつけていた。

「瑶(よう)ちゃん、弟さんのことは聡が悪かったわ。

でももう何年も経ったんだから、そろそろ怒りを収めてちょうだい。あなたたちには子供もいるんだし、親子二人があなたの帰りを待ってるのよ」

彼女の口がぱくぱく動くのを見ていると、耳の中に轟音が満ちて、一言も聞こえなかった。

「怒りを収める?

東條聡(とうじょう さとし)は桜井琴音(さくらい ことね)のために、自分の手で私の弟を殺しておいて、怒りを収めろと言うの?」

姑の顔色がさっと白くなった。

私は続けた。

「この先も絶対に許さない。もう諦めてもらって」

そのままドアを閉めた。

部屋に戻って、ドアにもたれてゆっくりと床に座り込んだ。

リビングでは、おばあちゃんが蒼の幼い頃に好きだった歌を口ずさんでいた。

涙が一粒ずつ落ちた。

胸元に隠していた写真を取り出した。

蒼が大学の卒業式に撮った一枚。カメラに向かってにこにこ笑っている。

写真を胸に押し当てた。

「蒼、ごめんね。お姉ちゃんに力がなくて、あなたを傷つけた人に罰を与えられなかった。

でもお姉ちゃんは絶対に忘れない。いつか必ずあなたの仇を取るから」

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