誓いが霧のように消え失せた第2話
この話は約1514字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
絵里は写真立てを元の場所に戻し、すべてを元通りにしてから書斎を後にした。
階段を下りると、氷のように冷たい表情をした和也と鉢合わせた。
見て見ぬふりをして通り過ぎようとした絵里だったが、和也に引き止められた。
「絵里、三日前のあの言い草については、沙耶に謝るべきだ」
絵里は信じられないというように顔を上げた。
「私が謝るの?私の言ったことの、どこか間違っていたとでも?」
和也は眉をひそめた。
「口論するつもりはない。たとえ沙耶が誕生日パーティーの準備をしていてお前を呼ぶのを忘れたにせよ、そこまで目くじらを立てる必要はないだろう。
それに、結局お前も来ただろう?沙耶がせっかく好意で用意してくれたのに、お前がぶち壊したんだ。自分がひどいことをしたと思わないのか?」
絵里は冷ややかに皮肉った。
「私が彼女に頼んだとでも言うの?」
「いい加減にしろ!そうやって当てこすりを言うのはやめないか!」
和也は声を荒げた。
「あの日、蓮はひどく機嫌を損ねていたんだ。そのことだけでも、謝る必要がある」
絵里は怒りで言葉に詰まり、しばらくの間、何も言い返すことができなかった。
彼女が黙り込んでいるのを見て、和也は少し声のトーンを落とした。
「一言謝りさえすれば、これ以上は咎めない」
絵里は淡々と相槌を打った。
「そう」
これ以上、沙耶に関する話題を聞きたくなかったのだ。
和也は彼女が承諾したのだと思い込み、背を向けて立ち去ろうとした。
絵里は彼を呼び止めた。
「今夜は帰ってくるの?」
もし彼が帰ってくれば、早く離婚協議書に目を通してもらうことができ、すぐにでも離婚できる。
和也は振り返りもせずに答えた。
「待たなくていい。蓮と外で食べてくるから」
彼の背中を見つめながら、絵里は以前のように引き留めようとはしなかった。
だが、すでに諦めがついているはずなのに、それでも胸の奥がチクリと痛むのを止められなかった。
絵里は視線を外し、心の底に渦巻く感情をぐっと押し殺した。
その後、絵里は病院へと向かった。
ガラス越しに、ベッドで昏睡状態にある母親の姿を見た途端、絵里はもはや感情を抑えきれなくなり、ぽろぽろと涙を頬に伝わせた。
傍らにいた主治医が慰めるように口を開いた。
「星野さんからは、お母様が間もなく転院されると伺っております。現在の病状は安定していますから、そうご心配なさる必要はありませんよ。ただ……」
医師は言い淀んだ。
「もし、お母様をもう少し当院に入院させるおつもりであれば、今後の費用についてはご自身でお支払いいただくことになります」
酒井奈央(さかい なお)が倒れたのは、三年前のことだ。酒井家の破産と、娘の結婚生活に沙耶が入り込んできたという二重のショックが原因だった。
倒れた後も様々な合併症を引き起こし、結果として難病を患うことになった。治療には、一分一秒たりとも莫大な費用がかかる。
絵里はほぼすべての財産を売り払って、ようやく今の状態を維持しているに過ぎなかった。
「あと、いくら必要ですか?」
「一億円です」
絵里は小さく頷いた。
彼女の手元にはまだ八千万円ある。数日後、悟のビジネスを無事に成功させることができれば、残りの金額も工面できるはずだ。
実は、悟は奈央の治療費をすべて負担するつもりでいたのだが、絵里が彼に迷惑をかけることを拒んだため、悟はこのような形で彼女を支援することにしたのだ。
ただの友人でさえここまでしてくれるというのに、和也は一度たりとも顔を出すことはなく、妻の母親が倒れても、彼女が一人で苦しんでいても、見て見ぬふりをしてきたのだ。
絵里は自嘲気味に笑った。
もっと早く気づくべきだったのだ。和也はもう何年も前から、自分のことなど愛していなかったということに。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)