「記憶喪失」の元カノと、俺の妻になった彼女の姉第2話
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「ちっ」と透が舌打ちする。
「悪いな、修司。我慢しろよ。今、葉月が一番愛してるのは俺なんだからさ」
葉月が、ふん、と鼻で笑った。
彼女は新しく仕上げたネイルを眺めながら、俺をちらりと一瞥した。
「何が我慢よ。私に死ぬほど惚れてるんだから、週一で時間もらえるだけでありがたく思いなさいよ」
その言葉に、胸の奥が締め付けられた。
葉月は今、まるで別人のようだ。
何年も前、彼女はあんなに俺を愛していたのに。
かつて俺が四十度を超える高熱で何日も苦しんでいた時、彼女は仕事を全て放り出して昼夜問わず看病してくれた。
それどころか、自ら病に効くと言う山まで足を運び、数えきれない石段を一歩ずつ、その度に祈りながら登り、俺の無事を祈願してくれたんだ。
あの時、彼女の腫れた目と動けなくなった足を見て、俺は胸が痛んで言葉も出なかった。心の中だけで、馬鹿だと叱った。
それでも彼女は、愛おしそうに両手で俺の顔を包み込んだ。
「あなたが無事でいてくれるなら、この命を懸けたって惜しくないわ」
かつての全てが鮮明によみがえる。だが現実はとうに変わり果てていた。
人はここまで変われるものなのか。
湧き上がる感情を押し殺し、葉月の瞳を見つめる。左手の指輪を見せながら、できるだけ平静な口調で言った。
「人違いだ。それに、俺はもう結婚している」
場が一瞬、水を打ったように静まり返った。全員が顔を見合わせ、視線を何度も交わした後、突然どっと笑い声が爆発した。
葉月は軽く眉を上げ、俺の指の指輪を気にも留めずに一瞥する。
「結婚?どこのおばさんと?その貧相な格好だと、指輪は百均で買った安物でしょ!まさか、これで私の記憶を呼び覚ませるとでも思ったの?」
そう言うと、彼女は素早く立ち上がり、俺の薬指から指輪を乱暴に引き抜いた。
この数日、プロジェクトに追われて疲れ切っていた俺は、それを避ける暇もなかった。
透が進み出て結婚指輪をしげしげと眺め、突然笑い出した。
「なあ葉月、この指輪、お前の姉貴が三年前にフランスで競り落としたあの『永遠の心』の指輪にそっくりだな。
まさか修司が言う結婚相手って、奈緒さんじゃないだろうな?」
透は俺を横目で見ながら、手の中で指輪を弄んでいる。個室内がさらに騒がしくなった。
彼らにとって、これはあまりにも馬鹿げた話だ。
なにしろ奈緒は、今や井上家の跡取りだ。その冷酷な手腕と迅速な決断力と美貌から、ビジネス界では「氷の魔女」として誰にも恐れられている。
そんな彼女が三年前、突然電撃結婚して謎の男に嫁ぎ、骨の髄まで彼を愛しているという。
この三年、メディアがどれだけ調べても、彼女の夫と娘の情報は一切掴めていない。
「修司、まさかお前、三年間誰も正体を暴けなかったあの謎の男だとでも言うつもりか?」
指輪が透の手で高く放り投げられ、また手の中に落ちる。照明を反射してまばゆく輝いていた。
「ふん。それにしても、この偽物よくできてるな。どこの業者に作らせたんだ?」
何人もの嘲笑が続く。少しばかり苛立ってきた。
「俺の指輪に触るな、これは本物……」
言い終わる前に、葉月に頬を張られて顔が横を向いた。頬がヒリヒリと熱く痛む。
「あなた、気でも狂ったの?お姉ちゃんについて嘘までつくなんて!いい?お姉ちゃんが自分の夫を骨の髄まで愛してるのは誰もが知ってることよ。私ですら本当の顔を見たことがないのに、よくもそんな嘘がつけたわね。どの口がそんなこと言うの!?」
少し乾いた唇を舐め、ゆっくりと顔を戻して葉月の視線と向き合う。
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