記憶を失った婚約者は、かつての想い人に恋をした第3話
この話は約1326字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
医師によると、遼平のけがはそれほど重くないという。ただ、記憶が戻るとは言い切れないらしい。昔の出来事を少しずつ話してあげると、思い出す助けになるそうだ。
だから私は、彼が以前大好きだった鯛のあら汁を作ってきた。
病室の前にボディーガードの姿はなく、ほっと息をつく。
けれど、ドアノブに手をかけた途端、中から妙な声が聞こえた。
「もう、遼平さん、いじわる……」
美優の声だった。
頭が真っ白になり、勢いよくドアを開けた。
「きゃっ!」
「出ていけ!」
――ガシャン!
遼平が投げつけたグラスが私の足元で砕け、中の水が体に飛び散った。
病室の中が目に入る。
遼平の腕の中にいる美優は服が乱れ、唇が赤く腫れていた。ついさっきまで何をしていたのか、ひと目でわかった。
胸が締めつけられ、手の震えが止まらなくなった。
私は苦く笑った。
「遼平、私はあなたの婚約者なんだよ!こんなことして、私を何だと思ってるの?」
彼は美優を背にかばい、冷たい目を向けた。
「お前が?」
口の端をつり上げる。
「そういえば、名前は何だっけ?」
また胸が痛んだ。
「森川美由希」
「そうか、森川美由希な。はっきり言っておく。俺の婚約者になるのはミユだけだ。
愛してるのも、ミユだけだ」
彼は品定めするように私を見た。
「鏡を見てみろよ。お前のどこを好きになれっていうんだ?」
彼は鼻で笑った。
「その見えない目か?荒れた手か?それとも、その日焼けした肌か?
ああ、それと、もう白いワンピースを着るのはやめてくれないか」
嫌悪をむき出しにする。
「見てるだけで気持ち悪い。ミユの隣に立つなんて、彼女への侮辱だろ」
胸の中が空っぽになり、思わず1歩後ずさった。
この目が見えないのは、彼のため。
手が荒れたのは、一緒に事業を立ち上げた頃の苦労のせい。
肌が日に焼けたのも、彼の負担を少しでも減らしたくて、自分から顧客回りを引き受けたからだ。
白いワンピース……
心臓が激しく鳴り始めた。
前は……私が白いワンピースを着るのを、あんなに喜んでいたのに……
そのとき、服を整えた美優が彼の背後から出てきた。
彼女が着ているのは、まさに白いワンピースだ。
まるで私に危害を加えられそうだと言わんばかりに、遼平の服の裾をつかんでいる。
「美由希さんって、お呼びしてもいいですか?」
彼女は笑った。いかにも私を気遣っているような顔だった。
「美由希さんは、ご自分が遼平さんの婚約者だっておっしゃるけど、不思議ですね。遼平さんが忘れているのは、あなただけなんですよね」
意味ありげな笑みが浮かぶ。
「私たちも、あなたを傷つけたいわけじゃないんです。でも、証拠は見せていただかないと。
そうでなければ、どこの誰でも遼平さんの婚約者だって言えてしまいますよね?」
美優は遼平の腕に自分の腕を絡めた。
「何かお困りのことがあれば、私に言ってください。できる限り、お力になりますから」
怒りで全身が震えた。私が誰なのか、美優が知らないはずがない。わざとやっているのだ。
遼平が甘やかすように、彼女の鼻先を指で軽くつついた。
「ミユは本当に優しいな。でも、こんなやつに、お前の親切を受ける資格なんてない」
私の顔などもう見たくもないとばかりに、彼はスマホを取り出した。またボディーガードを呼び、追い出すつもりだ。
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