記憶を失った婚約者は、かつての想い人に恋をした第2話
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本当に、私のことを覚えていないんだ……
悔しさと悲しさを懸命にこらえて床から立ち上がると、慌ただしい足音が聞こえてきた。
「ちょっと、美由希!何しに来たの!」
腕を強くつかまれた。ちょうど、さっき擦りむいたところだった。
「遼平は記憶を失って、あなたのことも忘れたって言ったでしょう!刺激を与えちゃいけないって先生もおっしゃってるのに、どうして来るの?あの子を苦しめたいわけ?」
私はやっとの思いで、その手を振りほどいた。
遼平の母親、藤崎恵子(ふじさき けいこ)だった。恵子は以前から私を嫌っていた。私が遼平に角膜を提供したあの日から、彼女の態度は軟化するどころか、むしろより一層冷酷になった。私のような身分の人間は息子にふさわしくないと、ますます邪険にするようになった。
「おばさま、私はただ、遼平の様子を見たくて……」
恵子は私の左目を嫌そうに見た。
「来てもらわなくて結構よ。美優さんがいるから」
「美優さんをご存じなんですか?」
私ははっと顔を上げた。
恵子の表情が一瞬ぎこちなくなった。だがすぐに、その目に鋭い警告の色を宿した。
「美優さんが世話をしてくれたほうが、遼平だって喜ぶわ。高校時代から好きだった相手だもの。あんなことさえなければ……」
胸がまたざわついた。
けれど、恵子はそこで言葉を切った。
「とにかく、あなたは必要ないの。早く帰って」
返事をする間もなく、強く押しやられた。手術を受けてからずっと体調が優れない私は、数歩よろめき、危うく転びそうになった。
結局、私はそれ以上何も言わなかった。
……
病院を出たあと、あてもなく街を歩いた。やりきれなさが波のように何度も胸へ押し寄せ、涙がこぼれた。左目に焼けるような痛みが走る。
遼平とは大学で出会い、恋に落ちた。
卒業後は一緒に事業を始めた。地下の部屋で寝泊まりし、1日3食、具のないおにぎりだけでしのいだこともある。仕事の付き合いで酒を飲み、胃から出血したこともあった……
苦しかった。それでも、あの頃は幸せだった。
努力が実り、事業は少しずつ軌道に乗り始めた。
そんな矢先、遼平の左目に異常が見つかった。角膜を取り除くしかないという。
すっかり気力を失った彼を見ると、胸を強く締めつけられるようだった。
そんな姿を見ていられず、私は自分の左目の角膜を彼に提供した。
片目が見えなくなった私を雇ってくれるところは少なかった。きつい力仕事をするしかなく、そこでさえ冷たい目を向けられた。
1日に複数のアルバイトを掛け持ちして、ようやく彼の治療費を工面した。
あの頃の私たちは、傷ついた2匹の小さな獣のように、互いの傷をなめ合っていた。
遼平は震えながら、私を強く抱きしめた。
「ミユ、必ず大切にする。誰よりも幸せにしてみせるから」
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