親友に家を贈った彼と別れます第3話
この話は約1759字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
柚希が、少し言いにくそうに口を開いた。
「もういいよ、詩織。ほかの案も探してみるし、いいのがなかったら自分で考えるよ。詩織も忙しいんだし……」
柚希が言い終わらないうちに、景吾が口を挟んだ。
「柚希はまだこの仕事に慣れてないだろ。仕事だけでも大変なんだから、家の内装まで自分で考えなくていいよ」
柚希を気遣う景吾の口調は、あまりにも自然だった。
私だって半年以上かけて進めてきた案件を抱え、同じように忙しく、疲れていた。けれど景吾は、そんなことなどすっかり忘れているようだった。
そのうえ、自分の家のために作ったプランまで、柚希のために直させようとしていた。
「今やってる案件は、いったん後に回せ」
景吾は私に目を向けた。
「先に柚希の部屋のプランを仕上げてくれ」
「来週、先方に中間案を出すことになってるの。今止めるのは無理」
「お前なら3日で図面を上げられるだろ。あとは内装工事の現場を見ればいい。十分間に合う」
まるで、私にだけは時間がいくらでもあるみたいな言い方だった。
「後回しにはできない。半年以上、ずっと私が担当してきた案件なの」
景吾は呆れたように笑った。
「担当してるのはお前でも、ここまで進められたのは会社の実績や取引先とのつながりがあってこそだろ。お前が図面を描くだけで成り立つ仕事じゃない」
柚希が景吾の袖をそっと引いた。
「私のことで喧嘩しないで。もういいから、私のことは……」
「柚希は気にしなくていい」
景吾はそう言って、再び私を見た。
「詩織、今の案件がきついならそう言えよ。別のやつに引き継がせればいい。無理して一人で抱える必要ないだろ」
あまりにもあっさり言われて、胸の奥が冷えた。
半年以上、時間も手間もかけて進めてきた案件だった。それなのに景吾にとっては、誰かに引き継がせれば済む程度の仕事でしかなかった。
「景吾、ちゃんと言っておきたいことがある」
私はまっすぐ景吾を見た。
「私は会社の設計責任者で、この案件も最初からずっと担当してる。私に何も言わずに、勝手に担当から外さないで。
それから、もう一つ。私たち、もう別れよう。
この図面は、私が自分の家のために作ったもの。どうするかは私が決める。柚希の部屋に使うかどうかまで、あなたが決めることじゃない」
景吾は一瞬目を見開いたが、すぐに笑った。
「別れる?本気で言ってるのか?たかがマンション1室で?」
景吾は一歩こちらへ近づいた。
「昨日、部屋の更新してきたんだろ?それなりに金もかかったはずだ。手元にあといくら残ってる?その貯金だけでいつまで持つと思ってるんだよ」
「更新してない」
景吾はまるで信じていないようだった。
「意地張るのもいい加減にしろよ。本当に別れたら、今の家賃だって払えなくなるだろ。今なら謝って戻ってくれば、さっきの話は聞かなかったことにしてやる」
柚希はそばに立ったまま、何も言わなかった。
これ以上話すこともなく、私は背を向けた。
その時、知らない番号から電話がかかってきた。
「白石詩織さんでしょうか。一級建築士の登録申請時に提出された実務経歴について、虚偽記載の疑いがあるとの情報提供がありました。
現在、事実関係を確認しています。確認が終わるまで、設計や工事監理など、一級建築士の資格を前提とする業務は控えてください。
詳細は追って書面でご連絡します」
思わず振り返ると、景吾は静かな顔でこちらを見ていた。まるで私の反応を待っていたかのようだった。
「これ、あなたの仕業?」
自分でもわかるほど声が震えた。
景吾は否定するどころか、妙に落ち着いた声で言った。
「少し痛い目見れば、頭も冷えるだろ。次また別れるなんて言ったら、今度はこれじゃ済まないからな」
景吾は私の目の前まで来て、足を止めた。
「詩織、いい加減現実見ろよ。会社がここまで来たのは、お前一人の力じゃない。お前がどれだけ会社を大事にしてても、会社はお前がいなくても回るんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、周りの音が遠くなった。
「俺には何もない。詩織しかいない」
5年前、そう言っていた景吾の顔がふいに浮かんだ。
あの頃の私は、どんなに苦しくても2人で頑張っていけば、いつか全部報われると信じていた。
実際、会社は軌道に乗り、お金も家も手に入った。
けれど景吾は、その会社がどうやって一歩ずつここまで来たのかを、すっかり忘れてしまった。
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