裏切りの始まりはあの同窓会だった第3話
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私は笑った。
小鳥は明らかに戸惑う顔をした。彼女の中では、私は怒るはずだった。取り乱して、彼女を罵るはずだった。
なのに私は、笑っていた。
おかしくて、とうとう涙までこぼれた。
「……何がそんなにおかしいの?」
小鳥が眉をひそめる。
私は涙を拭いながら、笑った。「ろくでもない人間同士、お似合いじゃない」
「なっ……!」
私は淡々と言った。
「亮介はあなたに譲るよ。私は出ていくから」
今度は、小鳥のほうが動揺した。
「……本当に、それでいいの?」
私は聞き返した。
「あなた自身が、あの人を『ろくでもない男』だって言ったんでしょう?だったら、私が残る理由もない」
小鳥の顔に、苛立ちが滲む。私をじっと睨みつけたかと思うと、ふっと鼻で笑った。
「あなた、本当は強がってるだけでしょう?昔はこんなに聞き分けがよくなかったもの。私を嫉妬させて、焦らせようとしてるんじゃない?」
そして、楽しそうに口元を歪めた。
「知ってる?あなたが大事にしてるその『優しい夫』ね――私の足に口づけて、媚びへつらったことがあるのよ。それどころか、『ママ』って呼んだことまであるの」
胸の奥に、鋭い痛みが走った。
もう、ここを出ていくと決めている。それでも、その言葉は容赦なく心を抉った。
亮介が私の体を求めてくる時、こちらの気持ちなんて少しも気にせず、いつだって私のほうに我慢を強いてきた。
そんな亮介が――別の女には、そこまでして縋っていた。
「それから、忘れないでね。私、あなたのよくない写真を持ってるの。大人しく亮介から離れたほうが身のためよ」
そのとき、玄関のドアが開いた。
「ただいま」
亮介の声が響く。
「あすか、俺は小鳥をクビにしたから、もう怒るなよ。あすかの好きなカニも買ってきた。俺がご飯を作るよ」
そこまで言って、亮介の足が止まった。
リビングにいる小鳥を見つけたのだ。
「……なんで、ここにいる?」
小鳥はすぐに笑顔を作った。
「あすかに謝りに来たの」
それを聞くと、亮介の表情が少し和らいだ。
「そうか。せっかく来たんだし、一緒に食べよう」
「じゃあお言葉に甘えようかな。私も、得意料理を作ってあげるよ」
2人は並んでキッチンへ向かっていく。
私はその背中を見つめた。爪が掌に食い込むほどに両手を強く握りしめる。
胸の奥から、じわじわと血が滲むようだった。
結婚して3年。
亮介は家事など何ひとつしなかった。だから私は、彼が料理までできるなんて知らなかった。
「亮介、料理の腕、落ちたんじゃない?昔のほうがおいしかったわ」
食卓で、小鳥がいかにも不満そうに言った。
亮介は苦笑する。
「ずっと作ってなかったからな」
小鳥は私を見ると、にこやかに続けた。
「あすか、普段亮介にも料理させればいいのよ。甘やかしちゃだめだからね。この人、こう見えても、いろいろできちゃうんだから」
「いいから食べてよ。食事中なのに、よくこんなに喋れるな」
亮介は呆れたように言い返し、それから私を見る。
「あすか、どうして食べないんだ?」
「……私、カニにアレルギーがあるの」
亮介の顔に、気まずそうな色が浮かんだ。
すると小鳥が、何でもないことのように口を挟む。
「そうなの?私、アレルギーに効く民間療法を知ってるよ。カニを食べる時、度数の高いお酒を一緒に飲むの。ちょうどウィスキーも持ってきたから、試してみたら?」
私は首を横に振った。
「無理。私、胃がんだから……お酒は飲めないの」
亮介が眉をひそめる。
「胃がん……?そんな話聞いてないぞ?どうして胃がんなんかに……」
理由なら、彼が知ってるはずだ。この3年間、私は亮介に付き合い、何度も酒の席に出てきた。そのたびに無理をしたせいで、私の胃はとうにぼろぼろだった。
小鳥が唇を尖らせ、目に涙が浮かんでくる。
「……あすか。やっぱり私のこと、嫌いなんでしょう?もう帰るね」
亮介が苛立ったように、テーブルを叩いた。
「あすか、今日は小鳥の誕生日なんだぞ。少しくらい我慢したらどうなんだ?」
――今日が、小鳥の誕生日だったのか。
私は何も言わなかった。
亮介は酒をグラスいっぱいに注ぐと、私の前に置いた。
有無を言わせない視線だった。
「飲めよ。酒くらいで何が起こるっていうんだ」
それでも、私は首を横に振った。
すると亮介は立ち上がった。グラスを掴み、そのまま私の口元へ押しつける。
次の瞬間、酒が喉へ流れ込んできた。焼けるような痛みが、喉から胃へと落ちていく。
涙が滲んだ。
それでも亮介は、やめなかった。
向かいでは、小鳥が楽しそうに手を叩いている。
その光景を見ながら、私はふと思い出していた。
プロポーズの日、亮介は私の手を握り、誓うように言った。
「あすか、安心しろ。これからは本気でお前を大切にする。お前が嫌なことは絶対にさせないし、傷つけるようなこともしないから」
「……っ」
口の中に、鉄の味が広がった。
次の瞬間――私は、テーブルの上に血を吐いた。
意識が遠のいていく。
最後に見えたのは、顔面蒼白になって立ち尽くす亮介だった。
「……あすか?どうしたんだ?頼むから……目を覚ましてくれ!」
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