裏切りの始まりはあの同窓会だった第1話
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私の名前は古澤あすか(ふるさわ あすか)。ずっと好きだった高校時代の同級生、栗原亮介(くりはら りょうすけ)が失恋したと知った時、私は後先考えず、彼に近づき、体の関係を持った。
その後、周りの人たちは口々に私を非難し、「人の弱みにつけ込んだ女」だと決めつけた。
けれど翌日になると、亮介の圧力により、その人たちはすぐに私の前で土下座し、額を床に擦りつけて謝った。
結婚してからの亮介は、私をこれでもかというほど大切にした。
彼の元カノである女性、岡崎小鳥(おかざき ことり)が帰国したと聞いても、ただ淡々と笑っただけだった。
「俺が好きなのは、あすかだ。あの人じゃない」
私は、亮介が本当に彼女を忘れたのだと思っていた。
――あの日までは。
同窓会で、私は見てしまった。
亮介が、小鳥の前に跪いている姿を。
声を震わせながら、彼女に縋るように言った。
「小鳥……会いたかったよ」
* * *
「真実と挑戦、どっちにする?」
同窓会の席で、小鳥はほんのり頬を赤くしていた。少し酔っているらしい。
「……真実で」
「じゃあ聞くけどさ……昔、亮介がまだ何者でもなかった頃、あいつを振ったよな?今じゃこんなに成功してるけど、後悔してる?」
その質問を聞いて、私の胸がひやりと冷えた。
隣にいる亮介の手が、わずかに強く握られる。
小鳥も一瞬だけ目を見開いた。けれど、すぐに何でもないような顔で言った。
「ごめん……別のにしてもいい?」
「じゃあ亮介にキスしてみろよ」
周囲から一斉に歓声が上がる。小鳥はゆっくり立ち上がると、まっすぐこちらへ歩いてきた。
その姿を見た瞬間、私は高校卒業式の夜を思い出した。
あの日も、亮介にキスしろと言われ、彼女は今と同じように、亮介のもとへ歩いていった。自分より頭ひとつ分高い亮介を見上げ、眉を上げる。
「何をぼうっとしてるの?私からキスしないとダメ?」
普段、あまり感情を顔に出さなかった亮介は、彼女を壁に押し付けると、我を忘れたかのように深いキスをした。
その隣で、私はみんなとはしゃぎながら、18年間抱えてきた片思いを、胸の奥へ押し込んだ。
亮介とは、一生縁がない。
そう思っていた。
しかし、その2ヶ月後に小鳥が海外へ行ってしまった。そして、誰もが羨む存在だった亮介が、まるで別人のように変わり果ててしまった。
彼は正気を失い、誰が近づいても突き放し、誰の言葉にも耳を貸さなかった。
私は進学まで諦め、何もかも捨てて彼のそばにいた。
3年間、彼の身の回りの世話をし、どれほど酷い言葉を浴びせられても、どれほど乱暴に扱われても、ただ黙って受け入れた。
「お前は、いつまで経っても小鳥の代わりにはなれない」
分かっていた。
私が彼にとって、ただの代用品にすぎないことくらい。
それでも――あの日だけは、違った。
何度も何度も彼に縋ったのに、亮介は私の気持ちなど顧みようとしなかった。
とうとう堪えきれず、私は泣いた。
3年間、一度も流さなかった涙だった。
亮介は、呆然と私を見つめた。その目に、一瞬だけ後悔と罪悪感が浮かぶ。そして――初めて、私に向き合った。
「……あすか。俺は、お前を愛するよ」
あの日を境に、亮介は変わった。小鳥のものをすべて処分し、私に何かと気を配るようになった。
そしてある日、私の前で片膝を地面についた。
まっすぐ私を見つめて、真剣な声で告げる。
「あすか、愛してるよ」
……
「悪い、俺、結婚してるんで」
亮介は私の手を強く握ったまま、小鳥を冷ややかに見つめた。
「妻以外の女性とそういうことをするつもりはないから」
小鳥の顔から余裕が消える。まさか、亮介が人前で自分を拒むとは思っていなかったのだろう。
彼女は一度だけ深呼吸をし、それから「失礼しました」と言うと、逃げるようにその場を離れていった。
亮介は口を緩め、私を見た。「どうした?俺が彼女とキスすると思った?」
私は唇を噛んだ。
すると亮介は、優しく私の頭を撫でる。
「小鳥は小鳥。あすかはあすかだ」
耳元に触れる吐息に、顔が熱くなる。
私は照れ隠しに彼を押し返した。心臓が、やけに速く打っていた。
周りでは、同級生たちが面白そうにこちらを眺めている。
「さすが亮介、ほんと一途。あっさり断るところ、みんなも見習うべきだな」
「亮介、惚気はやめてくれ。ここには独身のやつもたくさんいるんだぞ。みんな虚しくなるって!」
どっと笑いが起こる。
亮介も笑って立ち上がった。
「悪い、ちょっとトイレ行ってくる」
彼が席を外している間、私もお酒を飲んだせいか、胃の調子がおかしい気がした。
亮介にメッセージを送り、帰りたいと伝えた。
けれど、既読はつかない。
仕方なく探しに出ると、隣の個室から声が聞こえた。
「さっきの質問、どうして答えなかった?」
「亮介、放して!こんなことをされると……困るんだけど」
小鳥の声だった。その瞬間、私は足を止めた。
「放してって?昔、抱いてほしいって言ったのは、お前だったよな?」
亮介の声は低く、押し殺した熱を帯びていた。
続いて、何かが壁に触れる音と、口付けの音が聞こえた。
「小鳥……会いたかったよ」
小鳥が震える声で尋ねる。
「……もう結婚してるのに?」
「小鳥は小鳥。あすかはあすかだ」
個室の向こうから、途切れ途切れに物音が響いてくる。
それを聞いていると、胸の奥を、今まで感じたことのない痛みが抉った。
私は震える手で、亮介に電話をかけた。
すぐに着信音が鳴る。個室の中が、一瞬静まり返った。
けれど亮介は、何も言わずに電話を切った。
「……あすかにバレたらどうするの?」
しばらくして、亮介が小さく笑った。
「バレたところで、どうってことないさ。だって、あいつは俺のことが好きだから。俺なしじゃ生きていけないんだよ」
私は、指先が白くなるほど、スマホを握り締めた。
個室の扉を見つめる。
けれど、開けることはしなかった。ただ、静かに呟く。
「……さようなら、亮介」
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