和紙文裏切りの始まりはあの同窓会だった · 第1話設定≡

裏切りの始まりはあの同窓会だった第1話

この話は約2366字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

私の名前は古澤あすか(ふるさわ あすか)。ずっと好きだった高校時代の同級生、栗原亮介(くりはら りょうすけ)が失恋したと知った時、私は後先考えず、彼に近づき、体の関係を持った。

その後、周りの人たちは口々に私を非難し、「人の弱みにつけ込んだ女」だと決めつけた。

けれど翌日になると、亮介の圧力により、その人たちはすぐに私の前で土下座し、額を床に擦りつけて謝った。

結婚してからの亮介は、私をこれでもかというほど大切にした。

彼の元カノである女性、岡崎小鳥(おかざき ことり)が帰国したと聞いても、ただ淡々と笑っただけだった。

「俺が好きなのは、あすかだ。あの人じゃない」

私は、亮介が本当に彼女を忘れたのだと思っていた。

――あの日までは。

同窓会で、私は見てしまった。

亮介が、小鳥の前に跪いている姿を。

声を震わせながら、彼女に縋るように言った。

「小鳥……会いたかったよ」

* * *

「真実と挑戦、どっちにする?」

同窓会の席で、小鳥はほんのり頬を赤くしていた。少し酔っているらしい。

「……真実で」

「じゃあ聞くけどさ……昔、亮介がまだ何者でもなかった頃、あいつを振ったよな?今じゃこんなに成功してるけど、後悔してる?」

その質問を聞いて、私の胸がひやりと冷えた。

隣にいる亮介の手が、わずかに強く握られる。

小鳥も一瞬だけ目を見開いた。けれど、すぐに何でもないような顔で言った。

「ごめん……別のにしてもいい?」

「じゃあ亮介にキスしてみろよ」

周囲から一斉に歓声が上がる。小鳥はゆっくり立ち上がると、まっすぐこちらへ歩いてきた。

その姿を見た瞬間、私は高校卒業式の夜を思い出した。

あの日も、亮介にキスしろと言われ、彼女は今と同じように、亮介のもとへ歩いていった。自分より頭ひとつ分高い亮介を見上げ、眉を上げる。

「何をぼうっとしてるの?私からキスしないとダメ?」

普段、あまり感情を顔に出さなかった亮介は、彼女を壁に押し付けると、我を忘れたかのように深いキスをした。

その隣で、私はみんなとはしゃぎながら、18年間抱えてきた片思いを、胸の奥へ押し込んだ。

亮介とは、一生縁がない。

そう思っていた。

しかし、その2ヶ月後に小鳥が海外へ行ってしまった。そして、誰もが羨む存在だった亮介が、まるで別人のように変わり果ててしまった。

彼は正気を失い、誰が近づいても突き放し、誰の言葉にも耳を貸さなかった。

私は進学まで諦め、何もかも捨てて彼のそばにいた。

3年間、彼の身の回りの世話をし、どれほど酷い言葉を浴びせられても、どれほど乱暴に扱われても、ただ黙って受け入れた。

「お前は、いつまで経っても小鳥の代わりにはなれない」

分かっていた。

私が彼にとって、ただの代用品にすぎないことくらい。

それでも――あの日だけは、違った。

何度も何度も彼に縋ったのに、亮介は私の気持ちなど顧みようとしなかった。

とうとう堪えきれず、私は泣いた。

3年間、一度も流さなかった涙だった。

亮介は、呆然と私を見つめた。その目に、一瞬だけ後悔と罪悪感が浮かぶ。そして――初めて、私に向き合った。

「……あすか。俺は、お前を愛するよ」

あの日を境に、亮介は変わった。小鳥のものをすべて処分し、私に何かと気を配るようになった。

そしてある日、私の前で片膝を地面についた。

まっすぐ私を見つめて、真剣な声で告げる。

「あすか、愛してるよ」

……

「悪い、俺、結婚してるんで」

亮介は私の手を強く握ったまま、小鳥を冷ややかに見つめた。

「妻以外の女性とそういうことをするつもりはないから」

小鳥の顔から余裕が消える。まさか、亮介が人前で自分を拒むとは思っていなかったのだろう。

彼女は一度だけ深呼吸をし、それから「失礼しました」と言うと、逃げるようにその場を離れていった。

亮介は口を緩め、私を見た。「どうした?俺が彼女とキスすると思った?」

私は唇を噛んだ。

すると亮介は、優しく私の頭を撫でる。

「小鳥は小鳥。あすかはあすかだ」

耳元に触れる吐息に、顔が熱くなる。

私は照れ隠しに彼を押し返した。心臓が、やけに速く打っていた。

周りでは、同級生たちが面白そうにこちらを眺めている。

「さすが亮介、ほんと一途。あっさり断るところ、みんなも見習うべきだな」

「亮介、惚気はやめてくれ。ここには独身のやつもたくさんいるんだぞ。みんな虚しくなるって!」

どっと笑いが起こる。

亮介も笑って立ち上がった。

「悪い、ちょっとトイレ行ってくる」

彼が席を外している間、私もお酒を飲んだせいか、胃の調子がおかしい気がした。

亮介にメッセージを送り、帰りたいと伝えた。

けれど、既読はつかない。

仕方なく探しに出ると、隣の個室から声が聞こえた。

「さっきの質問、どうして答えなかった?」

「亮介、放して!こんなことをされると……困るんだけど」

小鳥の声だった。その瞬間、私は足を止めた。

「放してって?昔、抱いてほしいって言ったのは、お前だったよな?」

亮介の声は低く、押し殺した熱を帯びていた。

続いて、何かが壁に触れる音と、口付けの音が聞こえた。

「小鳥……会いたかったよ」

小鳥が震える声で尋ねる。

「……もう結婚してるのに?」

「小鳥は小鳥。あすかはあすかだ」

個室の向こうから、途切れ途切れに物音が響いてくる。

それを聞いていると、胸の奥を、今まで感じたことのない痛みが抉った。

私は震える手で、亮介に電話をかけた。

すぐに着信音が鳴る。個室の中が、一瞬静まり返った。

けれど亮介は、何も言わずに電話を切った。

「……あすかにバレたらどうするの?」

しばらくして、亮介が小さく笑った。

「バレたところで、どうってことないさ。だって、あいつは俺のことが好きだから。俺なしじゃ生きていけないんだよ」

私は、指先が白くなるほど、スマホを握り締めた。

個室の扉を見つめる。

けれど、開けることはしなかった。ただ、静かに呟く。

「……さようなら、亮介」

縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)