裏切りの十年第1話
この話は約1493字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
10年もの交際を経ても、黒崎悠人は私と結婚する気配がない。
たまらず彼に、まだ私と結婚するつもりがあるのか尋ねた。
彼は平静に、まるで仕事のように当たり障りのない返事をするだけだった。
私は俯き加減に、携帯の写真を見つめた。
彼の新しく雇った秘書は、「真実の愛」と謳われた指輪をはめ、世界にたった一枚しかないウェディングドレスを身に纏っていた。
彼女は微笑みながら彼の胸に寄り添い、彼もまた、優しい瞳で彼女を見つめ返していた。
彼との未来、急にどうでもよくなった。
* * *
新しく来た秘書は、とても明るい性格の女性だった。
退社時、彼女は笑顔で私に話しかけてきた。
「黒崎社長は今日も小野さんをお迎えに来るんですか?10年も付き合ってまだラブラブなんて、羨ましいです」
ライバルの森本綾子は鼻で笑うと、皮肉たっぷりに言った。
「10年も付き合って結婚しないって、つまり結婚する気ないってことでしょう?それでも愛だなんて、哀れだわ」
友人の田中月子は怒って反論した。
「あなた、先月黒崎社長が高額で落札した真実の愛を意味する指輪のことは知らないんでしょうね。それに、黒崎社長の会社の人から聞いたんだけど、1年も前にフランスまで行って、有名なデザイナーに世界に一つだけのウェディングドレスをオーダーメイドしたそうよ」
森本綾子の顔色はみるみるうちに悪くなり、面子を保とうとするかのように、去り際にこう言った。
「見てなさい」
田中月子はさらに反論しようとしたが、私は彼女を制して「もういい」と静かに言った。
森本綾子の言うことは間違っていなかった。黒崎悠人は本当に私と結婚する気がなさそうだった。
会社の門を出ると、外は雪が降り始めていた。冷たい風がマフラー越しに首筋に吹き付け、凍えるようだった。
見慣れた黒いカイエンの姿は見当たらず、私は携帯を確認した。
もう彼から、いつもの大量のメッセージは来なくて、ずっと前から事務的な連絡が数件あるだけだった。
「今日は残業だ。自分でタクシーで帰ってくれ」
深呼吸をして、電話をかけ直した。
数十秒後、彼がゆっくりと電話に出た。
「もしもし、何か用か?」
いつもより少し嗄れた声だった。短い間だったが、女の甘ったるい声が聞こえた気がした。まるで誰かに警告されたかのように、すぐに消えた。
私は何事もなかったかのように「何してるの?」と尋ねた。
向こうで布が擦れる音が聞こえ、黒崎悠人の声は焦りと苛立ちを帯びていた。
「仕事中だ。特に用がなければ切るぞ」
「待って」私は彼を遮り、「今日は私たちの10年目の記念日だってこと、覚えてる?」と言った。
向こうは急に黙り込んだ。私は彼に躊躇する隙を与えず、再び口を開いた。
「迎えに来て。会社で待ってる」
そう言うと、電話を切った。
黒崎悠人を待っている間、新しく来た秘書が笑顔で私に別れを告げ、いつも彼女をイライラさせるという彼氏の元へ走っていくのを見た。
彼の頬は寒さで真っ赤だったが、それでも笑顔で懐から焼き芋を取り出した。
彼女の話を聞くと、二人はあまり裕福ではないらしい。けれど、愛はお金で測れるものではないのだろう。
黒崎悠人と一番貧しかった頃が、一番愛し合っていた頃だったのを覚えている。
当時も、黒崎悠人は私を迎えに来ると、いつも何か美味しいものを買ってきてくれた。山査子飴だったり、焼きそばだったり。
私は「お金の無駄遣い」と彼をたしなめた。
彼はただ、おどけたように笑ってこう言った。
「こういうのを見ると、君に買ってあげたくなるんだ。毎日好きなものが食べられるようにって」
当時、私は自転車の後ろに乗っていて、お金がなくても、会社でどんなに辛いことがあっても、幸せだった。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)