花火ほど鮮やかじゃなくても第2話
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達也が沙耶を抱き寄せて、次の一歩を踏み出そうとした、その時だった。部屋の外からノックの音が響き、甘い空気が一瞬で途切れる。
「達也さん、書斎の壁のランプが壊れてしまって、本が読めないの。見てもらえませんか」
達也は動きを止め、瞳にあった熱をあっさりと引っ込める。
「すぐ行く」
男はすぐに気持ちを切り替え、服を身につけて沙耶を置いて部屋を出ていった。
沙耶は、急に冷たくなった空気の中で、しばらくその場に呆然と立ち尽くしていた。
こうして真美に邪魔されるのは、一度や二度じゃない。
いつも、ようやくふたりの雰囲気が温まったタイミングで、真美が何かしら理由をつけて達也を呼び出す。
沙耶も服を着直して、彼らのあとを追うように廊下へ出た。
書斎の中は真っ暗だった。
真美はタイトなスカートと短めのジャケット姿で、くびれた腰をテーブルの端に寄せ、どこか挑発的なシルエットを浮かび上がらせている。
薄暗い部屋のなかで、男と女の熱気がぶつかり合う。
達也はもう抑えきれず、両手で真美の身体をテーブル際に追い詰め、片手でその腰を抱き寄せた。
「達也さん、やめてください」
真美は顔を赤らめて、必死に抵抗する素振りを見せる。
だが、その仕草がかえって達也の征服欲を強く刺激する。
「真美さん……君と一緒にいると、自分でもどうしようもなくなるんだ」
「私、家庭を壊すようなことはしたくありません。これ以上迫るなら、ここを出ていくしかないです」
「待ってくれ。君さえいてくれるなら、他には何もいらない。颯太も君のことが大好きなんだ。君がいなくなったら、颯太はどうするんだ」
「私だって苦しいんです。いけない気持ちを持ってしまったのに、あなたは沙耶さんの夫で……それを忘れたくても忘れられなくて」
真美の目には涙が浮かび、揺れる瞳がいっそう魅力的に見える。
達也は真美の顔を両手で包み込み、優しくその頬をなぞる。
「君も、俺のこと好きなんだろ?沙耶と同じベッドで寝ているのに、夜、夢に出てくるのは、いつも君ばかりなんだ。もっと早く出会えていたら、俺の妻は君だったかもしれない」
そう言って、達也は真美に唇を重ねた。
今度は真美も逃げずに、ふたりは互いに求め合うように熱いキスを交わす。
沙耶は扉の外に立ち、口元を押さえながら大粒の涙をこぼしていた。
心臓を鋭い刃で貫かれるような、冷たい痛みが全身に広がる。
「人生で最大の幸運は君に出会えたことだ」と言ってくれた男が、今は「もっと早く真美さんに会いたかった」と嘆いている。
沙耶は、彼の愛を世界で一番の宝物だと信じていた。
けれど、彼が与えてくれたその愛は、こんなにもあっけなく、安っぽいものだったのだ。
沙耶は何も言わず、ふたりの密会を邪魔することなく、その場から立ち去った。
達也が部屋に戻ってきたのは深夜になってからだった。沙耶のことなど見向きもせず、ベッドに倒れ込んだ。
沙耶は、眠れぬまま朝を迎えることになった。
朝食の支度をしながら、無理やり気持ちを切り替えようとする。
髪はぼさぼさ、エプロン姿のままキッチンに立つ自分は、もはや家の主婦ではなく、ただの家政婦のようだった。
やがて達也と真美が、パリッとしたスーツに身を包み、ゆっくりと階段を下りてくる。
食事が終わると、達也は仕事の資料を持って書斎へ。真美は器具のある部屋でトレーニングを始める。
リビングでは、颯太が画用紙に向かって落書きをしていた。
沙耶は思わずその横に座り込む。
颯太は絵を描くことが大好きだ。沙耶は、颯太のその才能をとても嬉しく思っていた。
「三つの色がわかれば、どんな色でも作れるんだよ。教えてみようか」
「教えて」
颯太は、料理しかできないと思っていた母親が、絵のことも知っていることに少し驚いた様子だった。その目には、これまでとは違う好奇心がきらりと宿っている。
沙耶は色見本を取り出し、颯太に三原色の仕組みを説明しようとした。
そのとき、真美がすっと割り込んできた。
彼女はテーブルの上にあった色見本を乱暴に奪い取る。
「教えちゃだめ」
思いきり引っ張られた拍子に沙耶はバランスを崩し、テーブルの上の花瓶が床に落ちて粉々になる。
花瓶の破片で手を切ってしまい、すぐに血がにじむ。
沙耶の頭の中には、昨夜の、ふたりのあの場面が頭をよぎる。
真美は沙耶を見下ろし、どこまでも堂々とした態度だった。
沙耶は声を震わせる。
「どうして教えちゃいけないの?」
「別に見下してるわけじゃないけど、何も知らない人に子どもの教育なんて任せられないでしょ。もし颯太が変なふうになったら困るし、私、責任取れないから」
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