花期を逃した私と、遅れてきた春第3話
この話は約1850字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
退院後、クラスで卒業パーティーが企画された。行く気はさらさらなかったのだが、親友に説得され、渋々参加することにした。
個室に入った瞬間、蓮と桃果が寄り添うように座っているのが目に入った。桃果が笑いながらイチゴをあーん、と口元に運ぶと、蓮は嫌がる素振りも見せず、口を開けてそれを受け入れる。
クラスメイトたちは瞳を見て気まずそうにざわついた。何人かが小声で聞いてくる。
「瞳、どうしたの?蓮と……また喧嘩?」
瞳は静かに首を振った。小さな声だったが、はっきりと告げた。
「喧嘩じゃなくて、別れたの」
「えっ!?別れた!?」
皆が驚愕の声を上げる。
「なんで!?蓮くん、あんなに瞳ちゃんのこと大事にしてたのに!」
「そうだよ!高三の時、瞳が体調崩した時、担任に食ってかかってまで長期休暇取らせようとしたじゃん!」
「記念日のサプライズも毎回すごかったよね!私たちみんな羨ましかったもん!」
「ゴールイン確実だって言われてたのに……卒業前に別れるなんて」
次々と語られる蓮の優しかった思い出に、瞳の胸がきつく締め付けられる。
そう、彼は本当に優しかった。この人以外考えられないと思うほどに。
でも、だからこそ。その後の冷たさと、他の誰かへの優しさが、残酷すぎるほどに胸をえぐる。
少しの沈黙の後、瞳は静かに答えた。
「価値観が合わなくなったから、別れただけよ。永遠に続く関係なんて、どこにもなかったのよ。それに……」
少し離れた場所で桃果に飲み物を注ぐ蓮に視線を向ける。
「彼、今あの子といて幸せそうだし」
蓮はちょうどその言葉を聞いたようで、眉を顰めてこちらを見た。複雑な表情だ。
その夜、彼はまるで意地になったかのように、桃果への態度をさらに過熱させた。これ見よがしに気遣いを見せつけ、片時も離れようとしない。
きっと期待していたのだ。瞳が嫉妬して、怒って、いつものように二人の間に割って入ってくるのを。
だが、瞳は動かなかった。
静かに隅に座り、時々隣の人と言葉を交わすだけ。その瞳には何の波も立たない。まるで彼が本当にどうでもいい赤の他人になったかのように。
その徹底した無関心が、蓮の胸に今まで感じたことのない焦燥感を駆り立てた。
無意識に彼女の方へ歩き出しかけたが、桃果に腕を掴んで止められる。
桃果が爪先立ちになって、彼の耳元で何かを囁いた。蓮の足が止まり、眉間に深い皺が寄る。結局、彼は元の席に戻っていった。
やがて、誰かが「真実か挑戦か」をやろうと言い出した。
何回か回して、桃果が負けた。引いた罰ゲームカードには「この場で一番背の高い男子と三分間キスすること」と書かれていた。
全員の視線が一斉に蓮に集まる。
桃果の頬が赤く染まる。だがその目には確かな挑発が宿っていた。迷いなく蓮の前へと歩み寄る。
周りがざわめいた。
「これは……まずくない?瞳ちゃんもいるのに……」
だが桃果はわざと隅にいる瞳を見て、甘ったるい声で尋ねた。
「瞳ちゃん、もう蓮くんと別れたんだよね?だったら、ゲームでキスするくらい、気にしないよね?」
桃果の取り巻きがすかさず援護する。
「そうだよ。もう元カノなんだし、蓮くんが誰とキスしようが関係ないでしょ?」
一瞬で、蓮の視線も含めて、痛いほどの視線が瞳に集まった。
彼の眼差しは深く、言葉にできない圧力を孕んでいた。まるで彼女の反応を試すかのように。
瞳は顔を伏せた。長い睫毛が全ての感情を隠す。小さな、ほとんど聞こえないような声。でもはっきりと、全員の耳に届いた。
「……そうだね、私には関係ない」
その一言で、明確な一線が引かれた。
蓮の表情が一瞬で険しくなる。目の奥に怒りと、何か裏切られたような感情が渦巻いている。
彼は冷笑を漏らすと、乱暴に桃果の腰を引き寄せ、周囲の悲鳴の中、深く唇を重ねた。
「んっ……」
個室に抑えた驚きと息を呑む音が響き、そして凍りついたような静寂が訪れた。
瞳は目を開けたまま、照明の下で絡み合う二人を見つめていた。桃果の手が蓮の首に回される。
心臓を見えない手で握り潰されるような痛みが、息もできないほど苦しい。掌をに爪を立てて、理性を押し流しそうな苦い絶望を必死に抑え込む。
どれくらい経ったのか。永遠にも感じられたキスが、ようやく終わった。
桃果の友達がわざとらしく大声で聞く。
「ねえ、学園のプリンス様、どうだった?桃果ちゃんとのキス、あの人よりずっと良かったんじゃない?」
蓮の視線が、青ざめた瞳の顔を捉える。唇の端に冷たい笑みを浮かべて、小さいが明瞭に、残酷に言い放った。
「比べるまでもない。桃果の方が……最高だよ」
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