絶望から生まれ変わった彼女第1話
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私に危篤の知らせが届いたあの午後、神山時矢(かみやま ときや)は研究室でシャンパンを開けた。
SNSには、夕陽を浴びる彼と京本玲奈(きょうもと れいな)の後ろ姿が映っていた。
白衣は金色に染まり、添えられた文はたった一行——【十年。ようやく、成功した】
誰もが口をそろえて言った。神山教授は一途な人だ。私を救うために十年間、眠る間も惜しんで研究を続けたのだと。
看護師が涙ぐみながらスマホを差し出したとき、私はモニターの上で波打つ心拍の線をただ見つめていた。
彼らは知らない。その薬は、一年前にはすでに完成していたということを。
そして私は——その薬を使う資格のない、ただ一人の候補者だった。
* * *
私に危篤の知らせが届いたあの午後、神山時矢(かみやま ときや)は研究室でシャンパンを開けた。
SNSには、夕陽を浴びる彼と京本玲奈(きょうもと れいな)の後ろ姿が映っていた。
白衣は金色に染まり、添えられた文はたった一行——【十年。ようやく、成功した】
誰もが口をそろえて言った。神山教授は一途な人だ。私を救うために十年間、眠る間も惜しんで研究を続けたのだと。
看護師が涙ぐみながらスマホを差し出したとき、私はモニターの上で波打つ心拍の線をただ見つめていた。
彼らは知らない。その薬は、一年前にはすでに完成していたということを。
そして私は——その薬を使う資格のない、ただ一人の候補者だった。
……
深夜、時矢はようやく病院に現れた。
全身に酒の匂いをまとい、白衣には女の香水の香りが残っていた。
「桜、気分はどうだ?」
私は彼を見つめ、静かに問う。
「時矢、その薬、いつになったら私にも使わせてくれるの?」
彼は眉をひそめた。
「玲奈が言ってた。今使ったら生存率は三十パーセントしかない。危険すぎる」
「先月、横峯社長の娘さんが使ったときは生存率どれくらいだったの?」
時矢は一瞬、言葉を詰まらせた。
「彼女はまだステージⅢだった。君とは違う」
「彼女は六億円の研究資金を寄付したよね」
私は彼を見据える。
「それが違うところなの?」
彼の表情が曇る。
「桜、まさか、俺のことをそんなふうに見ていたとはな……俺がこの薬を研究してきたのは君のためなんだぞ」
正義を振りかざすようなその顔を見て、私は思わず笑ってしまった。
「時矢、この病気がどうして私に起きたのか、覚えてる?」
十年前——彼の研究室が爆発した。
私は火の中に飛び込み、彼を引きずり出した。そのとき吸い込んだ化学ガスがすべての始まりだった。
診断書にはこう記されていた。「急性化学性肺障害。後期線維化は不可逆性」と。
あのとき彼は病室のベッドのそばで跪き、誓った。
「桜、俺が必ず君を治してみせる」
彼が何か言おうと口を開いた瞬間、スマホが鳴った。
画面には——京本玲奈。
「先生、研究室の明かりが切れちゃって……ちょっと怖いんです。来てくれませんか?」
泣きそうな甘い声だった。
時矢はすぐに立ち上がった。
「怖がるな、すぐ行く」
私は彼の白衣の裾をつかむ。「時矢、まだ話の途中なの……」
「また今度にしよう。玲奈は一人なんだ、心配で放っておけない」
彼は私の手を振りほどき、振り返りもせずに去っていった。
——時矢が出て行ったあと、私は介護士に頼んで例の富豪の娘のことを調べてもらった。
やはり、彼女が使ったのは時矢の新薬だった。
三ヶ月経った今、病状は安定し、もう普通の生活ができるという。
一方の私は、すでに三度目の危篤通知を受け取っていた。
翌日、私は壊れかけた身体を引きずり、こっそり彼の研究室へ向かった。
扉の外に立つと、中から玲奈の声が聞こえてきた。
「先生、この新しい薬、青森社長の娘さんに回してあげましょうよ。10億追加で投資してくれるそうですよ」
中はしばらく静まり返り、やがて時矢の穏やかな声が聞こえた。それはもう長い間私が耳にしていなかった、柔らかな声だった。
「玲奈、君が研究室のことを思って言ってくれてるのはわかる。でも……」
「でも、何なんですか?」
玲奈が遮る。声にはわずかな涙の色が混じっていた。「先生、こんなこと言いたくないけど……桜さんの病気って、本当にそんなに重いんですか?
毎回の危篤って、先生が一番忙しいときばかりですよね。この前の国際会議のときもICUに入って……今回は成功祝いの日にまた危篤通知……偶然にしては出来すぎてません?」
彼女は小さくため息をつく。
「先生は桜さんのためにあまりにも犠牲を払いすぎました。でも、今回の青森社長の投資は研究室の未来に関わるんです。もうこれ以上、桜さんに……引きずられないでください」
時矢はしばらくのあいだ言葉を失っていた。
私は息を呑み、その答えを待った。
「……君の言うとおりだな」彼はようやく口を開いた。「もしかしたら、俺はあいつに甘すぎたのかもしれない……いい、君の言う通りにしよう。この新しい薬は青森社長の娘に回してくれ」
その声は冷たく変わっていた。
「どうせ桜の病状だって、彼女が言うほど切迫してはいないだろう」
——何度も生と死の狭間でもがいたあの日々が、彼の目にはすべてわざとに見えていたのだ。
私は扉を押し開けた。中の空気が一瞬で凍りつく。
驚いたように時矢の腕へ身を寄せた玲奈。そして、反射的に彼女を庇うよう半歩前に出る時矢。
時矢の表情がわずかにこわばった。
「桜?どうしてここに?そんな身体で歩き回って、いったい何を考えてるんだ?」
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