結婚7年目、娘に夫をおじさんと呼ばせた第1話
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私の名前は高瀬志穂(たかせ しほ)。
結婚して7年目、夫・高瀬昭彦(たかせ あきひこ)の愛情はすべて、離婚した初恋の女・西園寺玲奈(さいおんじ れな)とその娘・亜衣(あい)へと向かっていた。
それが分かってから、私は娘に、夫のことを「おじさん」と呼ぶように教え始めた。
娘が喘息の発作で顔を真っ青にして苦しんでいる時でさえ、玲奈からの「亜衣が暗いところを怖がって……」という電話一本で、彼は迷わず私たちを置いて出て行った。
私は娘の目をそっと塞ぎ、「おじさん、いってらっしゃい」と小さな声で言わせた。
娘がずっと楽しみにしていたピアノコンクールでも、玲奈が「パパがいないから、亜衣が怖がって舞台に上がれないの」と泣きついてくると、彼は何の躊躇いもなく私たちに背を向けて立ち去った。
胸が引き裂かれるような思いを必死に堪えながら、コンクールに落ちて悲しむ娘に、「おじさん、わざわざ見に来てくれてありがとう」とお礼を言わせた。
その度に、娘は私の腕の中でただ静かに涙を拭うことしかできなかった。
そんな日々が続いた後、彼もようやく私たちに対して微かな罪悪感を覚えたらしい。
珍しく仕事の付き合いを断り、週末に私たちを遊園地へ連れて行くと自分から言い出したのだ。
だが、遊園地の入り口に着いたまさにその時、またしても玲奈から電話がかかってきた。
「昭彦、遊園地にいる他の子たちが、亜衣をパパがいないってからかうの。
お願い、亜衣を迎えに来てくれないかしら……」
一瞬、彼の顔に迷いが浮かんだが、すぐにそれを振り切るようにしゃがみ込み、娘に言い訳を並べ立てようとした。
今回は、私が口出しをして言い聞かせるまでもなかった。
娘は自ら、繋いでいた彼の手をそっと離したのだ。
彼女は涙で濡れた顔に作り笑いを浮かべ、驚くほど聞き分けよく一歩後ろへ下がった。
「大丈夫だよ、おじさん。あの子のところへ行ってあげて。
私はママが買ってくれた綿菓子があるから、これだけで十分だよ」
* * *
足早に立ち去る昭彦の背中を見つめていても、私は涙を流すことすらしなかった。
私は娘の奈々(なな)と手を繋ぎ、振り返って大通りへ向かい、タクシーを拾った。
車内はひどく静かだった。
奈々は後部座席に座り、食べかけの綿菓子をまだしっかりと握りしめている。
タクシーが交差点の赤信号で停まった時だった。
奈々は突然窓を開け、信じられないほど静かな動作で、頭につけていたピンク色のカチューシャを外した。
それは、昭彦が遊園地の入り口で彼女に買ってあげたプレゼントだった。
彼女は一切の躊躇も見せず、そのまま放り投げた。
カチューシャは音もなく、道端のゴミ箱の底へと消えていった。
運転手はバックミラーでそれを見て、驚いたように声をかけた。
「お嬢ちゃん、可愛いカチューシャ、どうして捨てちゃったの?」
奈々は運転手を見ようともしなかった。
ただ、窓の外を飛ぶように過ぎ去る街並みを見つめたまま、幼いながらもひどく落ち着いた声で言った。
「汚れたから、もういらないの……」
その仕草を見て、私は胸が締め付けられた。
分かっていた。
彼女は、昭彦のことを「おじさん」と呼び慣れているだけではない。
父親に対するほんのわずかな期待すらも、自身で断ち切ろうとしているのだ。
家に帰ると、私は真っ直ぐ書斎に向かった。
パソコンを開き、パスワードを入力し、隠しフォルダを開いた。
プリンターが低い音を立てて動き始めた。
やがて、2つの書類がプリントアウトされた。
1つは、会社から出されたメルボルン支社への異動確認書だ。
もう1つは、奈々の退学および転校の申請書だ。
実は半年も前に、私は奈々をオーストラリアのサマーキャンプに参加させるという口実で、出国に必要なすべての書類に昭彦のサインをもらっていたのだ。
あの時、彼は中身を見ようとすらしなかった。
私はそれらの書類を茶封筒に入れ、しっかりと封をした。
それから、物置部屋から大きなダンボール箱を引きずり出した。
そして、ここからが不要なものの片付けだ。
クローゼットの中、昭彦が買ってきた服はすべて、たとえ1度も袖を通していない高級なドレスであっても残らず選び出し、ダンボール箱に放り込んだ。
おもちゃ箱の中、昭彦が適当に買ってきたぬいぐるみもすべて捨てる。
奈々はお気に入りのウサギのぬいぐるみを抱きしめたまま、ドアの前に立っていた。
私があの巨大なバービー人形のお城をゴミ袋に突っ込むのをじっと見つめている。
それは去年の彼女の誕生日に、昭彦が秘書に適当に買わせたものだ。
「ママ」
「ん?」
「そのお城、大きくて邪魔だから、捨てちゃおうよ」
彼女の口調には、微塵の名残惜しさもなかった。
「そうね」
私はゴミ袋の口をきつく縛り、玄関の外へと放り出した。
夜8時。
玲奈のSNSが、時間通りに更新された。
添えられた写真は、遊園地のお城の前に上がる色鮮やかな花火だ。
その中心には、昭彦が亜衣を肩車し、とろけるような笑顔を見せている。
玲奈は昭彦の隣に寄り添い、彼にぴったりと密着していた。
コメントにはこう書かれている。
【亜衣が言ったの。今日から私も、パパがいない可哀想な子じゃなくなったねって。
いつも一番に駆けつけてくれて、私たちのスーパーヒーローになってくれる誰かさん、本当にありがとう!】
その投稿のすぐ下には、昭彦が即座に「いいね!」を押した。
以前の私なら、こんな投稿を見ればすぐに昭彦に電話をかけていただろう。
狂ったように怒鳴り散らし、問い詰めていたはずだ。
そして、一睡もできずに夜を明かしたはずだ。
だが今夜は、その写真を見つめても、私の心は微塵も揺るがなかった。
私は静かに、その投稿に「いいね!」を押した。
それから、玲奈と昭彦のトークルームを非表示にし、二人とも通知オフに設定した。
お風呂から上がった奈々が、お気に入りのパジャマ姿でトコトコと歩いてきた。
彼女はベッドによじ登った時、ふと私のスマホの画面が目に入ったようだ。
写真に写る花火は華やかすぎて痛々しい。
だが、奈々は泣き喚きもしなかった。
ただ大人しく、自分の肩まで布団をしっかりと引き上げただけだった。
「ママ」
「ん?」
「オーストラリアのカンガルーさんには、いつ会いに行けるの?」
彼女は瞬きをしながら、消え入りそうな声で言った。
「おじさんは……一緒に行かないよね?」
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