結婚相手を選び直し、そして元彼の後悔が始まる第3話
この話は約1603字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
綾瀬は、気まずい空気に気づいたのか、ぎこちなく笑いながら私に手を差し出してきた。
「こんにちは、あなたが結衣さんね?私、綾瀬美優って言うの。
誤解しないでほしいな。隼人が本当のことを言わなかったのは、結衣さんに心配かけたくなかっただけ。私たち、今はただの友達なの」
差し出されたその白い手を見た瞬間、私は込み上げる吐き気をどうにもできなかった。
あの夜の不快な匂いが、突然鼻腔を突き上げてくる。
その手で隼人の背中を撫でながら「赤ちゃんが欲しい」とせがんでいたあの姿が、フラッシュバックのように目の前に蘇った。
私が何も返さずにいると、綾瀬は今度はその手で私の腕を取ろうとした。
その瞬間――私は思わずその手を払った。
「触らないで」
手を振り払われた綾瀬はその場で固まり、涙を浮かべた瞳で隼人のほうを見つめた。
「結衣!いい加減にそのお嬢様気取りはやめろよ!
さすがに、それはやりすぎだろ!」
隼人は私が怒り出した理由がわからないまま、怒鳴りながら私の腕を引いて綾瀬に謝らせようとした。
けれど私は、そばにあったバッグをそのまま手に取り、彼を振り払った。
「触らないで!
汚らわしい、気持ち悪い」
私はふたりの手元に目を落とし、吐き気を必死にこらえながら、感情のない声で言った。
もうこんな場所には一秒たりともいたくなかった。
そう思って踵を返し、そのまま出て行こうとしたそのとき――
隼人の怒気混じりの声が背中に突き刺さった。
「結衣!そこまでやるか?美優に謝らないなら、うちが菊間家に出してる資金も、結婚式の話も、全部無期限で延期するからな!」
その脅すような口ぶりに、私は一瞬だけ足を止めた。
そんな私をよそに、綾瀬は隼人の胸元に手を当て、穏やかな声で言う。
「……隼人、もういいよ。私が修理工場で働いてるから、結衣さんに『汚い』って思われるのも仕方ないし。私のこと、責めないで」
私は鼻で笑った。その声音には、完全な軽蔑が込められていた。
「――願ったり叶ったり、よ。
誰と結婚しようが、勝手にすれば?」
隼人は知らなかった。
たとえ真壁家の援助なんてなくても、菊間家はびくともしないってことを。
資金繰りが厳しいって話も、実は私が父にお願いして、隼人に「恩を売るチャンス」を与えた作り話にすぎなかった。
だから、真壁家が支援しようがしまいが、私たちには何の影響もないの。
それに――彼が「無期限延期」だのと騒いでいるあの結婚式?
そんなの、とっくの昔にキャンセル済み。
今、菊間家が準備しているのは私の結婚式。
……でもその相手は、もう隼人じゃない。
「結衣……どうせすぐ、俺のところに戻ってくるだろ」
隼人の言葉を背中で受け流しながら、私は一歩ずつ、部屋をあとにした。
綾瀬は何か言いたげに口を開いたけど、隼人が彼女の手を取って自分の膝に座らせた。
玲奈は私のあとを追ってきて、家まで送ると言ってくれた。
別れ際、私はさっき渡しそびれていた封筒を玲奈の手にそっと押し渡した。
「中が騒がしかったから渡すタイミング逃しちゃって。はい、これ」
「一ノ瀬玲奈さん、あなたを――私の結婚式の、付き添い人にご招待します」
玲奈は怪訝そうな顔で封筒を受け取り、白目をむきかけながら口を開いた。
「……ほんっとあんた、どうかしてるよ。あんなクズ男の何がよくて、まだ結婚なんて――」
だけど、封筒を開いたその瞬間、玲奈の口はパクッと止まった。
新婦:菊間結衣。
新郎:朝霧悠真。
玲奈の口が、ぽかんと開いたまま止まった。まるで卵でも丸呑みしそうな勢いだった。
「新郎……朝霧?あの、政界の朝霧家!?隼人じゃ、ないの?」
私は静かにうなずき、皮肉っぽく笑った。
「七年かけて追いかけた夢は、もう終わり。
感情がないなら、いっそビジネスの結婚でいいの。朝霧家のほうが真壁家よりよっぽど安定してるし、何より……悠真とは幼い頃から同じ庭で木に登ってた仲だもの。お互いのこと、よく知ってる。
隼人よりも、何倍も信頼できる」
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