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結婚式三日前、婚約者は初恋の男に誓った第3話 招かれたカメラマン

この話は約1566字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

結婚式二日前の夜八時過ぎ。

玄関の鍵が開いた。

「ただいま」

玲奈がキャリーケースを引いて帰ってきた。

いつもと変わらない笑顔を、僕に向けた。

「湊の顔を見たら、やっと帰ってきたって感じがする」

昨日、蒼真に向けていた笑顔とは違う。

あのときの玲奈は、恋をしている女の顔だった。

「軽井沢、どうだった?」

「大変だった。朝から夜まで撮影ばっかり」

「ホテルのチャペル、きれいだった?」

玲奈の動きが、一瞬だけ止まった。

「見てないよ。仕事で行ったんだから、そんな余裕ないって」

「そう」

玲奈は小さく息を吐いた。

左手の薬指に、細い白い跡がある。

外したばかりの指輪の跡。

僕は何も言わなかった。

それでも胸の奥には、捨てきれない期待が残っていた。

鞄の中には、名前を書けなかったキャンセル届が入っている。

あの紙に署名する前に、一度だけ、玲奈の口から本当の気持ちを聞きたかった。

「玲奈」

「なに?」

「本当に、僕と結婚したい?」

玲奈は目を瞬かせ、困ったように笑った。

「何それ。マリッジブルー?」

「答えて」

自分でも驚くほど、低い声が出た。

玲奈はしばらく僕を見つめ、それから、当たり前のことを言うように答えた。

「結婚したいよ。七年も一緒にいたんだよ?」

「僕のこと、本当に好き?」

「好きに決まってる。私が結婚したいのは、湊だけ」

言葉だけを聞けば、信じられたかもしれない。けれど玲奈は、話している間も左手をさりげなく背中へ回し、指輪の跡を隠すように指を握り込んでいた。

「式の準備、終わってる?」

「全部終わってる」

「さすが。湊に任せておけば安心だね」

以前なら、その言葉を信頼だと思えた。

今は違う。

玲奈が信じているのは、僕の気持ちではない。何をしても僕は離れないという、自分に都合のいい思い込みだ。

玲奈は冷蔵庫からペットボトルの水を取り出すと、思い出したように振り返った。

「そうだ。ひとつお願いがあるんだけど」

「何?」

「明後日、蒼真も来ることになったの」

「招待客として?」

「ううん。結婚祝いに、式の様子を撮ってくれるって」

玲奈の声が明るくなる。

昨日、玲奈と指輪を交換したばかりの男。

その男が明後日には、カメラ越しに玲奈が僕へ愛を誓う姿を撮る。

それを玲奈は、結婚祝いと呼んだ。

ついさっき「私が結婚したいのは、湊だけ」と言ったばかりなのに、玲奈は蒼真を僕たちの式へ招こうとしている。

言葉と行動が、何ひとつ噛み合っていなかった。

「外部スタッフの事前申請が必要だよね。蒼真の名前、追加しておいてくれる?」

「わかった」

それ以上、何も言わなかった。

「ありがとう。やっぱり湊に頼むと話が早い」

そのとき、玲奈のスマホが鳴った。

画面には『蒼真』と表示されている。

玲奈はスマホを伏せた。

「撮影の確認だと思う。あとでかけ直すね」

夕食後、玲奈は寝室へ入った。

玲奈が声を抑えて笑っているのが、閉じたドア越しに聞こえた。

「うん。当日もお願いね」

「大丈夫。湊は何も気づいてないから」

最後の一言だけ、はっきり聞こえた。

「好きに決まってる」と答えたときと、同じ声だった。

胸の奥にかろうじて残っていた期待が、音を立てて崩れた。

七年を手放せずにいた僕の未練も、そこで消えた。

通話が終わるのを待って、スマホを開いた。

須藤さんとのLINEを開き、短く打ち込んだ。

『先ほどの件ですが、明後日の式をキャンセルしてください。僕の意思です』

送信ボタンを押す指は、もう止まらなかった。

ほどなく既読がつき、須藤さんから返信が届いた。

『承知しました。明朝、キャンセル届をお持ちください。到着しだい手続きを進めます』

続けて、空きの見つかった翌日午後の単身引っ越し便を、その場で予約した。

予約完了の画面を閉じた。

玲奈はまだ、僕が何も気づいていないと思っている。

けれど、何も気づいていないのは玲奈のほうだ。僕はもう、玲奈との未来を片づけ始めていた。

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