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結婚式三日前、婚約者は初恋の男に誓った第1話 軽井沢の花嫁

この話は約1654字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

結婚式前日、僕は式場のキャンセル届に署名した。

窓の向こうでは、途中まで組まれていたガーデンアーチの解体が、すでに始まっていた。

担当プランナーの須藤さんが、ためらいがちにこちらを見た。

「水城様がお戻りになるまで、待たなくてよろしいんですか」

「待ちません」

「ですが、おふたりの結婚式は明後日ですよ」

ペンを置いた。

「玲奈は忙しいんです」

自分でも驚くほど、穏やかな声が出た。

「昨日、軽井沢で初恋の相手に『誓います』と答えたばかりですから」

* * *

結婚式まで、あと三日。

その朝、僕は急きょ軽井沢へ向かうことになった。

同僚が熱を出し、ホテルの植栽検査を代わりに担当することになったのだ。

僕の勤める景観設計会社は、水城グループが軽井沢に開業する新ホテルの外構・植栽設計を担当している。

そのホテルでは、婚約者の水城玲奈がブランド企画を担当していた。

玲奈は一週間前から現地にいる。

プロモーション映像の撮影が長引いているらしく、昨夜届いたLINEも短かった。

『今日も遅くなる。先に寝てて』

玲奈と付き合って、七年。

激しい喧嘩をするような恋人同士ではなかった。

少なくとも、互いを尊重し合えていると思っていた。派手さはなくても、この穏やかな日々が結婚後も続くと信じていた。

新幹線の中で、玲奈にメッセージを打った。

『今からそっちへ行くことになった』

けれど、送信する直前で消した。

撮影中に気を遣わせる必要はない。

検査を終えたら、そのまま東京へ戻ればいい。

そう思っていた。

西棟の確認を終え、チャペル脇の庭へ回ったとき、ガラス扉の向こうから拍手が聞こえた。

白いドレスを着た玲奈の向かいに、黒いタキシード姿の男が立っている。

神谷蒼真。

玲奈の初恋の相手で、今回のプロモーション映像を手がけるディレクターだ。

チャペルには、参列者が十数人いた。

最初は、ホテルのプロモーション映像を撮っているのだと思った。

ふたりが新郎新婦を演じているのも、撮影の演出にすぎない。

そう自分に言い聞かせた。

けれど、チャペルの隅に置かれたカメラは、一台も回っていなかった。

最前列では、玲奈の母親がハンカチで目元を押さえている。

その姿を見た瞬間、胸の奥がすっと冷えた。

司式者が、ふたりに問いかける。

「新郎・神谷蒼真さん、新婦・水城玲奈さん。おふたりは、これから先、互いを大切にし、ともに歩んでいくことを誓いますか」

「誓います」

蒼真は迷わなかった。

続いて、玲奈の番になる。

三日後、僕と結婚するはずの人。

七年間、隣にいた人。

玲奈は目を潤ませ、幸せそうに笑った。

「はい。誓います」

拍手が起こり、ふたりは指輪を交換した。

蒼真が玲奈の頬に触れる。

玲奈はゆっくり目を閉じた。

気づけば、右手を強く握りしめていた。

これは……撮影のための芝居なんかじゃない。

爪が手のひらに食い込み、握りしめた拳には血管が浮いていた。

それでも、声を上げることも、扉を開けることもできなかった。

結婚式のことを聞くたび、玲奈は決まってこう言った。

『湊に任せる』

『白い花なら、何でもいいよ』

けれど今、彼女が抱いているのは、スズランと白いバラのブーケだった。

付き合い始めた頃、玲奈は「いつか結婚するなら、絶対にこの組み合わせがいい」と言っていた。

横浜で挙げる僕たちの式にも同じ花を提案したとき、玲奈は首を傾げた。

『季節外れなら、無理しなくていいんじゃない?』

試食会にも、最後の打ち合わせにも来なかった。

仕事が忙しいのだから仕方がないと、何度も自分に言い聞かせた。

忘れていたわけじゃない。

その願いを叶える相手が、僕ではなかっただけだ。

僕はチャペルに入らなかった。

仕事用のタブレットを取り出し、検査記録として庭からチャペルを一枚だけ撮った。

ガラス越しの祭壇と、指輪を交換するふたりが画面の端に写り込んでいた。

そのまま、予定どおり検査を終えた。

仕事だからだ。

軽井沢駅のホームで、スマホが震えた。

横浜の式場からの自動通知だった。

『高瀬湊様 水城玲奈様

ご結婚式まで、あと三日となりました』

あと三日。

でも玲奈はもう、別の男に愛を誓っていた。

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