終わりを告げる恋歌第3話
この話は約1626字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
「あら、今日の主役はもう来てたのね。ごめんね、妊娠してるから、動きが遅くなっちゃって。
竜也さんが、他の車だと私がつらいだろうからって、わざわざ迎えに来てくれたの」
菖蒲は勝ち誇ったように自分のお腹を撫でて、それから私のお腹を見た。
「あなたも妊娠してるみたいだけど、それがどうした?」とでも言わんばかりに。
彼女の言葉に、周りはやし立てるような声が上がった。
「竜也さんって、昔から菖蒲のことだけは特別扱いだもんな」
「二人の赤ちゃんが生まれたら、いよいよゴールインかな?」
「結婚式には絶対呼んでくれよな」
おめでとう、という声に包まれて、私が、まだ竜也の妻だということをみんなは忘れてしまったみたい。
そもそも、これは誰かの婚約パーティーなんかじゃなくて、竜也が後ろめたさから開いた、私の誕生日会にすぎないのだ。
彼らの顔を見ていたら、急に吐き気がこみ上げてきた。
席を立とうとしたとき、なぜか竜也に気づかれてしまった。
彼は私をみて眉をひそめ、冷たく言った。
「君の誕生日パーティーだろ。主役が抜け出してどうするんだ。
つわりか?少し我慢すればおさまる」
でも、その直後。菖蒲も小さくえづいた。
彼はすぐさま彼女を支えて座らせると、ポケットから干し梅をひとつ取り出した。
そして、慣れた手つきで袋を開けて、彼女の口に運んであげた。
周りからまた、ひやかしたような声が上がる。
私は、ぎゅっと目をつぶった。
私の誕生日パーティーは、あの二人の仲睦まじい姿を披露する場に成り下がってしまった。
二人はまるで、本当の夫婦みたいに、共通の友人たちと笑い合っていた。
一方の私は、隅っこで忘れ去られているだけ。
誕生日だっていうのに、ケーキすら用意されていなかった。
なんてばかげてて、おかしいんだろう。
これが、竜也が私のために用意してくれた誕生日パーティー。
涙がこぼれそうになるのを必死にこらえて、すべてのつらさを飲み込んだ。
本当、おめでとうって言ってあげないとね。竜也。
だって、あと二日で、私はあなたの元から完全にいなくなるんだから。
この妻の座は、あなたの大切な人に譲ってあげる。
その夜、私は個室から出なかったんだ。ただ隅っこに座って、このばかげたパーティーを最後まで見届けた。
お開きになる頃、竜也がようやく隅にいる私に気づいて、家まで送ると声をかけてきた。
夫であるはずの彼の口ぶりは、まるでこれから帰る家が、自分の家ではないかのようだった。
でも、彼が言い終わるか終わらないかのうちに、後ろから来た菖蒲が彼の腕に絡みついた。
「竜也さん、疲れちゃった。早く帰って休みたいわ」
竜也は愛おしそうに彼女の髪を撫でた。「お腹の子がまた元気なのかな?よし、じゃあ先に帰ろう」
彼は菖蒲の肩を抱いて去っていき、私はまた運転手つきの車に乗るしかなかった。
自分がまるでピエロみたいだと思った。
頬に手をやっても、流れているはずの涙はなかった。
人って、本当につらすぎると、痛みさえ感じなくなるんだね。
本当に理解できない。
あんなに幼馴染が大事なら、どうして私と結婚して子供までつくったの。
世界中に、菖蒲をどれだけ愛してるか見せつけたいのなら、どうして私と離婚してくれないの?
どうしても私たちの子は残すと言って、私と一緒に世間から笑われる道を選ぶなんて。
その夜は、私はほとんど眠れなかった。
朝になって、ようやくうとうとしていたら、インターホンの音で目が覚めた。
菖蒲が、彼女の両親を連れて突然私の家にやってきた。
菖蒲の母親である岡田杏(おかだ あん)は、私の顔を見るなり嫌味を言ってきた。
「どこの馬の骨ともわからない子を妊娠したくせに、よくものうのうと松尾家の奥様の座に居座っていられるわね。
どんな育てられ方をしたら、こんな恥知らずな娘になるのかしら。あなたのご両親の顔が見てみたいわ」
隣にいた菖蒲の父親である岡田湊(おかだ みなと)も、私を軽蔑した目で見ていた。
「おい、もういいだろう。こんなみっともない人間と話しても無駄だ」
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