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紗月の遺書第3話

この話は約1504字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

その後の数日、私は実家に戻り、医師から処方された鎮痛薬に頼って日々をやり過ごす。

真吾は、珍しく何通もメッセージを送ってきた。

【紗月、どこに行った。家に誰もいない】

【あの別荘は俺が使う。瀬奈が気に入っていて、結婚後の新居にしたいらしい。お前は別の物件を選べ。どれでも買ってやる】

【時間がある時に、私物を取りに来い】

……

【明後日には離婚届を出す。忘れずに来い】

病状が悪化してから、私はよく眠るようになった。たまに目を覚ましても、スマホの振動音に起こされるだけで、うんざりしながら画面を確認し、短く返した。【分かった。荷物は全部捨てていい。もう連絡しないで】

それ以降、真吾から連絡は来なくなる。

やはり彼は私を気にかけてなどいない。生きて離婚できるかどうか、それを確認したかっただけ。

離婚届を出す二日前、私は一度だけL市に戻った。天気が良かったので、厚手のコートを着て外を歩く。まさか、バーで瀬奈たちに出くわすとは思ってもいなかった。

彼女のそばには、真吾の仲のいい友人たちがいる。私を見るなり、全員が一瞬固まった。

「紗月さん」

瀬奈だけは嬉しそうに駆け寄り、私の手を掴む。

強い力に顔色が一気に青白くなり、私は振り払って眉をひそめた。「触らないで」

瀬奈は数歩後ずさりし、ひどく傷ついた顔をする。

その様子を見て、真吾の親友である小栗健人(おぐり けんと)が口を挟んだ。「瀬奈さん、気にしないで。あいつはヒステリー女で、誰にでも噛みつく」

真吾に執着してきたこの数年で、私の評判はとっくに地に落ちている。そう思われても、不思議ではない。

私はテーブルの酒を手に取り、健人の顔にぶちまけた。

彼は悲鳴を上げる。「紗月、頭おかしいのか」

「今さら気づいたの?」

睨み返すと、健人は口をつぐむ。私が本気で暴れたら、何をするか分かっているから。

「何をしている?」

入口から真吾が入ってくる。黒いコート姿で、私の着ているものと同じデザイン。

それは、かつて私が二人分買ったものだった。

「真吾、見て。この女、また瀬奈さんをいじめてる」

「違うわ、健人。そんな言い方しないで」

瀬奈が真吾の腕を掴む。「こんな所で紗月さんに会うなんて、偶然だね」

「偶然なものか。瀬奈さんは知らないだろうけど、紗月は有名なしつこさだ。真吾を尾行して来たのかもしれない」

私は冷たく睨む。「それ以上喋ったら、口を裂く」

「何だよ。事実だろ。お前は真吾に執着してただけで……」

私はグラスを健人に投げつけ、そのまま飛びかかり、口元を掴む。

床にひざまずいて許しを乞うまで、手を離さなかった。

「紗月、いい加減にしろ。もう関わらないって言っただろう。離婚間近なのに、やっぱり後悔したのか?それとも……金が足りないのか?」

真吾は慣れた手つきで財布からカードを取り出し、私に差し出す。「中に6億円入って、補償として渡す。離婚後も、さらにまとまった金が入る。後半生は困らない。もう俺に近づくな」

彼は随分と自信過剰だ。私は、人生の最後の時間を彼に費やすほど愚かではない。

もっとも、金はもらえるならもらう。

私はカードを引ったくり、瀬奈の嫉妬に歪んだ視線を横目に、ポケットへしまう。

「真吾、覚えておいて。これは私が受け取って当然のもの。

これからは、私を見かけたら遠回りして」

振り返ると、彼の友人たちは思わず後ずさる。

さっきまでの勢いは消え、すっかり臆病者だ。

今の私に体力があれば、何度でも相手をしてやったのに。

テーブルの強い酒を掴み、一気にあおって店を出る。

「狂人だ、本当に狂ってる」

背後から、そんな声がかすかに聞こえた。

外では雨が降り始めている。私は薄い雨の中へと歩き出し、秋の気配の中に溶けていった。

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