紗月の遺書第1話
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玉木真吾(たまき しんご)と一緒に過ごした十年。私たちは、互いに苦しめ合い続けた十年でもあった。
彼は愛人をよく替え、私はL市中から嘲笑される存在になる。
一方の私は、毎日のように彼のカードを使い、彼の金を散財し、街中を騒がせながら浮気相手を叩きのめし、有名な悪妻と呼ばれるようになる。
がんの診断書が下りたその日、もう何もかもが限界だと悟る。
私は真吾に電話をかけた。「真吾、約束する。私たち、離婚しよう」
電話の向こうで、彼は新しい女を腕に抱き、鼻で笑う。「沖田紗月(おきた さつき
)、本気でその作り話を信じると思ってるのか?
その手はもう何度目だ。つまらない」
* * *
玉木真吾(たまき しんご)と一緒に過ごした十年。私たちは、互いに苦しめ合い続けた十年でもあった。
彼は愛人をよく替え、私はL市中から嘲笑される存在になる。
一方の私は、毎日のように彼のカードを使い、彼の金を散財し、街中を騒がせながら浮気相手を叩きのめし、有名な悪妻と呼ばれるようになる。
がんの診断書が下りたその日、もう何もかもが限界だと悟る。
私は真吾に電話をかけた。「真吾、約束する。私たち、離婚しよう」
電話の向こうで、彼は新しい女を腕に抱き、鼻で笑う。「沖田紗月(おきた さつき)、本気でその作り話を信じると思ってるのか?
その手はもう何度目だ。つまらない」
……
その頃の私は、彼の愛人である白木瀬奈(しらき せな)の家に立っている。
手にしたバットを強く握りしめ、胸が詰まるように苦しい。「今、愛人の家にいる。戻ってきて離婚の話をする気はないの」
「紗月、冗談にも限度がある」
「冗談かどうか、すぐ分かる」
そう言って、私はバットを振り上げ、リビング中央のテーブルに叩きつける。激しい音が響き、ガラスのテーブルは真ん中から割れ、床一面に砕け散る。
続いて、視線を壁の中央に掛けられたツーショット写真へ向ける。
はは、甘いね。
そう思った次の瞬間、私が容赦なくバットを振り下ろす。
重い音とともに、写真は粉々になり、床に落ちる。
同時に、電話から真吾の声が響く。「紗月、何をしている!」
私は電話を手に取り、軽く答える。「もちろん、二人の部屋をリフォームしてあげてる。10分以内に戻ってきなさい。さもなければ、ここを全部壊してもいい」
「紗月、やめろ」
なぜやめる必要があるの。私にできないことなんてある。
電話を切り、私はバットを手に家の中を歩き回り、壊せるものはすべて叩き壊す。瀬奈の寝室を開けようとした時、真吾が戻ってきた。
後ろには、瀬奈もいる。
「紗月、また何をやらかしてる!」
彼は目を血走らせ、大股で近づいてくる。私はバットを床に突き立て、離婚協議書を取り出す。
「無駄話はいい。早くサインして。終わったら、きれいに別れる」
真吾は書類を見て一瞬固まり、すぐに嫌悪の色を浮かべる。「紗月、こんな手で俺を呼び戻して楽しいのか?」
「騙してない。離婚したい。自由にしてあげる。不満でもある?」
一番激しく喧嘩していたあの数年、離婚を切り出したのは何度も彼のほうだった。そのたびに、私は拒み続けた。
あの頃の私は、死んでも彼に縋りつくつもりで、彼を楽にさせる気などなかった。共倒れか、白髪になるまで苦しめ合うか。
今は違う。私のほうが、先に死ぬ。
だからせめて、残された時間を自分のために使いたい。
「本気か?」
真吾は疑わしげに私を見る。
私は苛立って頷き、胸の苦しさに眉をひそめる。「何が本気かどうか。文字で書いてあるでしょう。サインすれば終わり。くだらないことを言わないで」
「分かった」
その一言で、私の言葉は止まる。
あっさりした返事は予想通りだったが、十年分の情を思うと、少しだけ胸が痛む。
それでも私はペンを差し出す。「サインして」
彼は迷いなく署名し、真吾の名を書き記す。「円満離婚だ。金は十分に渡す。今後は一切、関わるな」
「お望み通りね」
私は協議書をひったくる。
彼の訝しげな視線を背に、足早に玄関を出た瞬間、血が逆流する。思わず吐き出した血が、床に落ちる。
真紅の血は、咲き誇るツバキのよう。
それは同時に、私に残された時間が、もうわずかであることを告げていた。
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