箱入り娘が去ったあと、御曹司たちは後悔に狂った第3話
この話は約1543字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
その夜、私は一睡もしなかった。
部屋には、この二十三年間の痕跡があふれていた。
景吾がくれた限定版のテディベア、賢治から贈られた廃盤のレコード、航平が海外から持ち帰ってきたスノードーム――
どの品にも、それぞれの思い出が染みついていた。
昔の私はそれらを宝物みたいに大事にしていて、使用人が掃除のときに少しでも触れようものなら腹を立てていた。
けれど今、それらを見ていると、こみ上げてくるのは吐き気だけだった。
まるで全部が私をあざ笑っているみたいだった。
自分の愚かさを、独りよがりだった想いを、容赦なく嘲っているようで。
私は大きな黒いゴミ袋を引っ張り出した。
そして、そのガラクタをまとめて全部放り込んだ。
最後に持っていったのは、小さなスーツケース一つだけだった。
中に入れたのは簡単な着替えが数着と、パスポート、それから祖父とのツーショット写真一枚。
それが、今の私のすべてだった。
午前四時。
上原家のプライベートジェットは、すでに滑走路脇で待機していた。
万夜は冷たい風の中に立ち、涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
「詩織ちゃん、本当にあの子たちには何も言わないのか?」
私は首を横に振り、万夜のコートの襟元をそっと整えた。
「おじいさま、知らせてどうするの?笑いものになるだけでしょう」
「向こうは……相当きつい場所だぞ。西園寺家のあの小僧も、気性が荒いって聞く。人を殺してもまばたき一つしないような――」
「おじいさま」
私は万夜の言葉を遮り、白み始めた東の空へ目を向けた。
「どれだけ苦しくても、心の苦しさよりましよ。気が短くても構わないわ。裏表のある卑怯な人間じゃなければ、それでいいの」
私は万夜をぎゅっと抱きしめ、そのまま背を向けて飛行機に乗り込んだ。
キャビンの扉が閉まった瞬間、私はスマホを取り出した。
一番上に固定されていたグループチャット――「詩織ちゃんを守る会」
そこに残っていた最後のメッセージは、賢治のものだった。
【今夜は最高だったな。やっぱ鈴は華があるわ。景吾さんまで土下座したんだぞ。詩織ちゃんは今ごろ泣いてるだろうけど、放っとけ。二日もすればおとなしくなる】
私は無表情のまま、「グループを退出」を押した。
それから景吾をブロックし、賢治をブロックし、航平をブロックした。
あの界隈に関わる人間を、全員まとめて切り捨てた。
さようなら、私の前半生。
そのころ、京城の反対側では――
クラブの個室はいまだにきらびやかな灯りと酒に満ちていた。
景吾は泥酔し、私が捨てたあのカフリンクスを手に握ったままだった。
賢治が彼の肩を叩く。
「もういいって、景吾さん。心配しなくてもさ。詩織ちゃんの性格くらいわかってるだろ?あんたがいなきゃ生きていけないんだから。
明日の朝には、きっと二日酔いに効くスープでも持って、目を真っ赤にして謝りに来るさ」
鈴はワイングラスを揺らしながら、口元に含みのある笑みを浮かべた。
「あなたたちの、いったん突き放してから手を差し伸べるってやり方、少しやりすぎじゃない?もし本当にいなくなったらどうするの?」
景吾は鼻で笑った。
酔いに濁った目には、それでも揺るがない確信が満ちていた。
「彼女が?上原家を離れて、俺たちからも離れたら、生きていくことすらできないさ。
あいつはただの箱入り娘だ。俺の手のひらからは逃げられない。今回は絶対に、あの甘ったれた性根を叩き直してやる」
その場はどっと笑いに包まれた。
彼らはグラスを交わし、これから手にするはずの勝利を祝っていた。
けれど知る由もなかった。
一万メートル上空では、彼らに心を踏みにじられた一人の女の子を乗せた飛行機が、遥か彼方の異国へ向かって飛んでいることを。
そこにはもう、甘やかされて生きてきた詩織はいない。
いるのは、生まれ変わった西園寺夫人だけだった。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)
第4話は公式アプリで
当サイトでの試し読みはここまでです。アプリをインストールし、下のアプリ用コードを入力すると、この作品の第4話からそのまま読み進められます。
R26562- 下のボタンから公式アプリをインストールします(無料)。
- アプリを開き、「コードを入力」にこのコードを入れると、この作品が本棚に入ります。
作品ページへ戻る 当サイトに掲載しているのは試し読みの章だけです。