私を蔑み、母になる未来まで奪った夫などもういらない第1話
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会社で火事が起きた時のこと。私は唯一の脱出ロープを、夫の森田理仁(もりた りひと)に渡した。
しかし、彼は私の顔から火災避難用マスクを無理やり剥ぎ取ると、振り返ってそれを助手である陣内涼子(じんない りょうこ)に着けさせたのだ。
理仁は脱出ロープを使って脱出し、涼子もマスクのおかげで無傷で逃げ出すことができた。
ただ私だけが煙を吸いすぎて気を失い、さらには倒れてきた柱で腹部を強打してしまったせいで、下腹部から流れ出した血が足元を伝った。
消防隊員が私を救急車のストレッチャーに乗せようとしたその時、理仁は私を引きずり下ろした。
「柚葉(ゆずは)、お前のその程度の怪我でストレッチャーなんか使うな。涼子が先だ。彼女のほうが重症なんだから、しっかり検査してもらわないと!」
消防隊員と医師は呆気にとられた。
彼らは血に染まった私のスカートと、指の軽い火傷で泣きじゃくる涼子を交互に見つめる。
同僚たちも思わず口を挟んだ。「お言葉ですが、社長……どう見ても森田部長の方が重症じゃないですか?」
すると、理仁が声を荒げた。「うるさい!俺はこいつの夫なんだから、こいつが重症か重症じゃないかくらい分かっている。それに、お前たち。そんなこと言って、もし涼子に何かあったら、ただじゃ済まさないからな」
私は少し膨らんだお腹を押さえると、静かに頷いて、涼子を救急車に乗せることに同意した。
理仁……これで私もこの子も、もうあなたに縛られることはない。
* * *
会社で火事が起きた時のこと。私は唯一の脱出ロープを、夫の森田理仁(もりた りひと)に渡した。
しかし、彼は私の顔から火災避難用マスクを無理やり剥ぎ取ると、振り返ってそれを助手である陣内涼子(じんない りょうこ)に着けさせたのだ。
理仁は脱出ロープを使って脱出し、涼子もマスクのおかげで無傷で逃げ出すことができた。
ただ私だけが煙を吸いすぎて気を失い、さらには倒れてきた柱で腹部を強打してしまったせいで、下腹部から流れ出した血が足元を伝った。
消防隊員が私を救急車のストレッチャーに乗せようとしたその時、理仁は私を引きずり下ろした。
「柚葉(ゆずは)、お前のその程度の怪我でストレッチャーなんか使うな。涼子が先だ。彼女のほうが重症なんだから、しっかり検査してもらわないと!」
消防隊員と医師は呆気にとられた。
彼らは血に染まった私のスカートと、指の軽い火傷で泣きじゃくる涼子を交互に見つめる。
同僚たちも思わず口を挟んだ。「お言葉ですが、社長……どう見ても森田部長の方が重症じゃないですか?」
すると、理仁が声を荒げた。「うるさい!俺はこいつの夫なんだから、こいつが重症か重症じゃないかくらい分かっている。それに、お前たち。そんなこと言って、もし涼子に何かあったら、ただじゃ済まさないからな」
私は少し膨らんだお腹を押さえると、静かに頷いて、涼子を救急車に乗せることに同意した。
私が素直に聞き入れると、理仁は鼻で笑って言った。
「柚葉。どうせ、そうやって大人しく聞き入れるふりして、同情でも買おうとしてるんだろ?でもそんな分かりやすい演技には、もううんざりなんだよ!」
そして、私をストレッチャーから遠ざけようと、理仁は私の腹部を力いっぱい蹴り飛ばす。
ただでさえ柱に打ち付けてしまった場所を蹴られ、私はさらなる激痛に襲われた。
痛みで声も出せず、ただ体を反射的に縮こまらせ、震えることしかできない。
しかし、そんな私の苦しみなど知らない理仁は私を嘲笑った。「一蹴りで静かになるなんて、本当に情けない女だな」
再び下腹部から温かい血液が流れ出るのを感じて、私は絶望で胸が張り裂けそうだった。
お腹の中にいたはずの命なのに、今となっては無残な汚れとなって足元へ消えていく。
この子の父親である理仁は、そんなこともつゆ知らず、涼子を優しく介抱しながらストレッチャーへ乗せていた。
「涼子。これ以上怪我しないように、ゆっくり乗れよ」
すると涼子は、指の火傷を理仁に見せつけ、泣きじゃくりながらか弱さをアピールする。
「社長、指が取れてしまったらどうしましょう……もし私の指が無くなってしまったら、社長は私を嫌いになっちゃいますか?」
そんな涼子を理仁は心底心配そうに見つめ、赤くなった指先に息を吹きかけた。
「俺がふーふーしてやる。痛いの痛いの飛んでけ。どうだ?痛くなくなっただろ?
君も馬鹿だな。俺が君のことを見捨てるわけがないだろ?最高の専門医を手配して、君の綺麗な手に傷なんて残させないから」
呆気に取られていた消防隊員ははっとし、血の気のない私の顔を指さして口を挟む。
「あの!この方のほうが火元に長くいたので、今一番手当が必要なのはこっちの女性なんです!」
そう言われた理仁は、やっと私に視線を向け、消防隊員に対して言い放った。「この女のわざとらしい演技に騙されないでくださいよ。
こいつは俺の妻なんで、俺が誰よりもよく知っていますから。今の情けない姿だって、ただ気を引こうと演技してるだけなんです」
消防隊員たちは呆れ返った。夫婦でありながら夫が妻を蹴り飛ばし、他の女の救護を優先させるなんて異常すぎる。
理仁は私を地面から乱暴に起き上がらせ、その場にいる人々に見せつけるように言った。
「ほら、見てください。どこも怪我なんてしてないでしょ?」
体は激痛で痺れ、額には脂汗が浮き出る。なのに私は、操り人形のように理仁の好きにされていた。
そばにいた看護師も信じられないものを見る目で言った。「気づいてないんですか?奥さんの服、血で真っ赤なんですよ!」
すると、理仁が笑い出す。「あなた、それでも看護師ですか?これ、こいつが俺たちの気を引こうとして仕込んだ血糊ですよ?」
理仁は私から手を離した。もう自分で立つ力すらなかった私は、そのまま地面に倒れ込んでしまった。
私がいくら悲痛な声を上げても、理仁は憐れみなど微塵も感じないらしく、私の服についた血に触れて粘り気を確かめると、なおさら愉快そうに笑った。
「柚葉、この血糊はどこで買ったやつ?やけにリアルなのを選んできたな」
私は何か言おうとしたが、先ほど火災避難用マスクを奪われたせいで、声が煙によって嗄れてしまい、うまく声が出せない。
それに、あまりの仕打ちに何と言ったらいいのかも分からず、首を横に振るしかなかった。
涼子の乗せられたストレッチャーを支えにし、何とか立ち上がれないかと試みる。
涼子が行きたがっているのなら、それで構わない。
私はとにかく、この二人から一刻も早く離れたかった。
結局、もう立ち上がる力すら残っていなかった私は、地面を這うようにして遠くの救急車へと向かう。コンクリートで擦れ、爪や皮膚からは血が出てきた。
背後から理仁が私に向かって叫ぶ。「柚葉。いくら被害者ぶったって許されると思うなよ!涼子が火傷を負ったことに対して、しっかりと謝罪してもらうからな!」
かつての私なら胸が引き裂かれる思いで、理仁に必死で縋りつき、泣きながら信じてほしいと懇願しただろう。
しかし、今はもうそんなことはしたくない。
平らになったお腹をそっと撫で、私は静かに涙を流した。
理仁……これで私もこの子も、もうあなたに縛られることはない。
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