私を愛してくれる人はいない第3話
この話は約2269字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
彼の優しい仕草を見ながら、胸の奥に切ない気持ちが広がっていった。この優しさは、全部紗良のために身につけたものなんだろうな。
私はちらっと彼を見て、黙ってカルシウム剤を飲み込んだ。
「結花、智也さん、もう寝ちゃった?」返事も待たずに、紗良がドアを開けて入ってきた。
手にはマッサージ用のオイルを持っていて、にこやかに微笑んでいる。
「妊娠中って浮腫みやすいんでしょう?最近、マッサージを習ったの。結花のためにやってあげたいなって」
私は眉をひそめて、やんわりと断った。私たちの関係では、そんなことをしてもらうほど親しくない。
「結花、もしかして私のマッサージが下手なんじゃないかって思ってる?」紗良はしょんぼりとした顔で智也を見た。「智也さん、私は妹に嫌われてるのは分かってるけど、悪気なんて全然ないの……」
智也は私の頬を優しく撫でながら言った。
「紗良は、うちにお邪魔してるって気にしてるんだよ。だから何か役に立ちたいって思ってる。せっかくだし、少しだけやってもらえば?」
鼻の奥がツンとした。
私と紗良、どちらかを選ぶとき、智也は紗良のほうを選んだ。
私たちの関係がそれほど良くないと知りながらも、彼は私の味方にはなってくれなかった。
この瞬間、心が折れた気がした。もう、抗うのはやめよう。
「……じゃあ、お願いね、紗良」
私は受け入れた。
紗良が何をしようと、もうどうでもよかった。だって、明日の今頃には、私は飛行機の中にいる。
誰にも知られず、もう誰の特別な人でもない場所へ行くのだから。
「智也さん、マッサージ中は手足を固定したほうがいいの。動くと危ないから。
これはストレッチバンドで、締めつけないし、傷つけることもないわ」
紗良は二本のバンドを取り出し、伸び具合を実際に見せた。
私は助けを求めるように、断ってほしいという目で智也を見た。
マッサージで手足を固定する?どう見ても怪しい。
だけど、普段は冷静で賢い智也が、そんな紗良の言葉を信じてしまった。
そして、彼女に私の手足を固定させたのだった。
「じゃあ始めるね。智也さんは先に出てて」
智也はうなずき、私の手を優しく握ってから言った。「終わったらすぐ戻ってくるから」
そして彼が部屋を出た。
そして紗良の穏やかな顔は、まるで別人のように変わった。
ドアが閉まった瞬間、私は必死に手足を動かそうとしたけど、全然動かない。これはストレッチバンドなんかじゃなかった。
「無駄よ。ストレッチバンドって言ったけど、それはこっち」
紗良は手のバンドをひらひらと振って、にやりと笑った。
「ねえ、知ってた?智也があんたと結婚したのって、全部私のためだったんだよ?」
私は黙って睨み返した。
彼女は私のお腹に手を這わせながらささやいた。
「でも、知ってたって無駄だよ。現実は変えられないんだから……
子どものころから、私はずっとあんたをいじめてきた。あんたの子どもが生まれたら、その子にも同じことしてやる」
私の頬を、静かに涙が伝った。
智也も、父も、兄も……誰もが紗良ばかりを愛していた。その現実を変えられない私は、だからこそ去ることを選んだ。
けれど、その真実を、紗良の口から聞かされた今、やっぱり胸が痛くて仕方がなかった。
「知ってた?お母さんの死って、あんたのせいじゃないんだよ」
そう言いながら、紗良は手にしたガラス瓶の中身を私の腕に注ぎかけた。
心臓がどくんと跳ねた。それはどういう意味……
「ねえ、あんたが生まれたばかりの頃ね、お父さんもお兄さんもすっごく可愛がってたんだよ。お母さんにそっくりで、きれいな子だ。将来はこの子をお姫様みたいに育て、何でもあげるってね。
私、それがいやだったの!
何で全部あんたにあげるの?あんたがいなければ、私が家で一番愛されてたのに!
だから、私がやったの。手術から戻って、まだ意識の戻らないお母さんの酸素チューブ、引き抜いたの。
お母さんがあんたを産んで死んだことにすれば、お父さんもお兄さんも、あんたのことを嫌うと思ってさ!」
その瞬間、私は体を震わせた!
母の死は、私のせいじゃなかったんだ!
七歳だった紗良が、そんな恐ろしいことを。
「結局、お父さんもお兄さんも、お母さんの死を全部あんたのせいにしてくれた。あんたを愛さなくなって、嫌って、私ばっかり可愛がってくれたの!」
紗良はにっこりと満足げに笑った。
「紗良、それ、お父さんとお兄さんにバラされても平気なの?」私の声が震えていた。これまでは、紗良のことを「ずる賢い」と思っていた。でも今は、心の底から「怖い」と思った。
「言ったって、誰も信じないよ」そう言って、紗良は冷たく笑った。そして次の瞬間、彼女はライターを取り出し、私の体にかけられた液体に火をつけた。
熱い炎が、両腕を焼いた。
私は激しく体をねじり、なんとかバントをほどき、床に転がりながらも、赤ちゃんに傷つけないため両腕を地面について腹を必死に守った。
「……痛い……っ!」
声に出す間もなく、紗良が悲鳴を上げて床に倒れ込んだ。
その瞬間、智也が駆け込んできた。
「結花が蹴ったんだ……彼女は悪くないよ、きっと私が下手に触っちゃったせいで……」
智也は眉をひそめ、「結花、どうして紗良を傷つけたんだ」
言い返そうとしたけど、お腹に走った痛みで言葉にならなかった。
智也は紗良を抱きかかえて言った。「まずは紗良を病院に連れて行く」
私の青白い顔に気づくこともなく、彼はそのまま部屋を出て行った。
しばらくしてようやく、私は立ち上がることができた。
焼けた腕に薬を塗り、必要なものを一つ一つ確認して鞄に詰めた。
朝になったら、私はこの家を出る。
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