私より幼なじみ?そんな夫いらないわ!第3話
この話は約2779字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
結局、けいは時間通りに来なかった。
9時15分、彼から電話がかかってきた。
「結月が気を失った。
まずは彼女を病院に連れて行く。
30分ほど待っていてくれ」
私はロビーに立ち、手には整理券を持っていた。
電子掲示板の表示が次々と変わっていき、夫婦たちは用事を済ますと窓口から離れていく。
泣いている人もいれば、笑っている人もいた。
係員が呼んでいる。
「38番の方」
私は手元の整理券をちらりと見た。
39番。
そして私は電話の向こうに言った。
「もう待てないわ」
けいは焦った。
「ネネ、彼女は本当に気を失ったんだ」
「それなら警察呼んで」
「何だって?」
「もしくは救急車を呼んだ方がいいね」
私は平静に言った。
「あなた、機長でしょ?彼女の専属医じゃないよね?」
彼は声を潜めた。
「こんな時にわざわざ意地悪なことを言うな」
私が口を開く前に、電話の向こうから結月の弱々しい声が聞こえてきた。
「けい、私のことは放っておいて。
ネネさんはけいをずっと待っているんだから、怒っちゃうよ。
私一人でも大丈夫……」
「動くな」
けいはすぐに彼女の言葉を遮った。
そして私に向かって言った。
「聞こえたか?彼女は今、立つことさえままならないんだ」
「聞こえたよ。
その割には声が結構ピンピンしてるね」
電話を切る直前、けいが私の名前を呼ぶのが聞こえた。
でも、それ以上聞く気になれなかった。
39番が呼ばれた時、私は一人で窓口へ向かった。
係員が資料をちらりと見た。
「男性の方が来ていないので、それでは手続きできませんよ」
私はうなずいた。
「分かっています」
「では……」
私はカバンから離婚協議書を差し出した。
「彼から委任されていると、この書類に明記されています。すでに署名済みです」
係員はしばらくそれを見つめ、同僚を呼び寄せ、二人は小声で照合した。
私は椅子に座り、手のひらは汗でびっしょりだった。
手続きが成立しないのが怖いわけじゃない。
彼が突然現れて、眉をひそめて「ネネ、もういい加減にしろよ」と邪魔されるのが怖いのだ。
それに、彼の声を聞いたら、また心が揺らぐのが怖い。
10分後、係員が確認を済ませた。
「手続きは進められますが、審査に時間が必要です。また、双方の再確認も必要ですので、1ヶ月後にまた彼と来てください」
私は渡された受理証明書を握りしめた。
紙は薄かった。
しかし、まるで何かを切り裂いたかのようだった。
市役所を出たばかりの時、けいの車が入り口に停まった。
彼は運転席から降りてきて、顔色がひどく悪かった。
「本当に手続きしたのか?」
私は受理証明書をカバンにしまった。
「うん」
結月が助手席に座っていた。顔色は青ざめていて、首には細いチェーンネックレスを付けている。
そのチェーンネックレスの先には、けいの結婚指輪がぶら下がっていた。
日差しが当たると、それが目が痛くなるほど眩しく見えた。
彼女は私を見ると、慌ててシートベルトを外した。
「ネネさん、誤解しないでください。
この指輪はけいから借りたものなの。
昨日の夜、怖くて返すのを忘れてしまったの」
私は結月を見つめた。
「それなら、今返して」
結月の手が止まった。
けいが眉をひそめる。
「ネネ、こんなところで彼女を困らせないでくれ」
私は笑った。
「自分の物を取り戻すのが、困らせることなの?」
結月の目が赤くなった。
「ごめんなさい。
わざとじゃないの。
ただ、この指輪は私と一緒に一度、雷雨を飛び抜けたことがあるの。これを身につけていないと、飛行機に乗る勇気が湧かないから。
もし気にされるなら、今すぐ外すわ」
そう言って、彼女はネックレスを外そうとしたが、手が震えて、なかなか外せなかった。
後部座席から彼女の息子のヤスくんが顔をのぞかせた。
「パパ、ママに外させないで。
ママ、怖がっちゃうよ」
パパ。
その呼び名を聞いて、私は一瞬思考が止まった。
けいもそれを聞いていたが、彼は訂正しなかった。
ただ振り返って子供をなだめた。
「ヤスくん、いい子にするんだ。
ママは怖くないよ」
結月はうつむいて泣いた。
「もういいわ、私が外す。
自分のせいで、あなたたち夫婦をこんな目に遭わせられないもの」
けいは彼女の手を掴んだ。
「よせ」
そう言うと、彼は私の方を見た。
「ネネ、ただの指輪だ。
欲しいなら、また買ってあげるよ」
私は彼をじっと見つめた。
数秒後、思わず笑いがこぼれた。
「けい、その指輪に何が刻まれているか知ってる?」
彼は口を開けたが、答えられなかった。
私が代わりに答えを言った。
「その刻印は、私のお父さんのイニシャルよ。
指輪の台座は、父が臨終の直前に私に残してくれたゴールドバーを溶かして作ったもの。
それを結婚指輪にしたのは、あなたが父の代わりに私を愛し続けてくれると思っていたからよ」
けいの顔がぱっと青ざめた。
結月も呆然とした。
私は手を差し出す。
「返して」
結月は唇を噛みしめ、まるでこの上ない仕打ちを受けたかのような様子だった。
「けい……」
「……ネネに返してくれ」
けいは低い声で言った。
結月の涙がこぼれた。
彼女はネックレスを外し、指輪を私に手渡した。
私はそれを受け取ったが、嵌めずにそのまま市役所の入り口にあるゴミ箱のそばへ歩いた。
けいが勢いよく近づいてくる。
「ネネ!」
私は指輪をゴミ箱に投げ込んだ。
金属がゴミ箱の壁に当たって、かすかな音がした。
結月は口を押さえた。
ヤスくんは怖がって車の中に身を縮めた。
けいは手を伸ばして拾おうとしたが、私は彼を止めた。
「拾わないで。
汚れているから」
彼の手が宙に止まった。
その目は恐ろしいほど赤くなっていた。
「それはお義父さんが君に残したものだ」
「そうね」
と私は言った。
「だからこそ、これ以上あなたに汚されることは許せないの」
彼はまるで頬を叩かれたかのようにショックだった。
背後で結月が泣きながら言った。
「ネネさん、そんなこと言わないで。
全部私のせいよ」
私は振り返って彼女を見た。
「もちろん。あなたのせいでもあるわ」
彼女は固まった。
私は一歩ずつ彼女に近づいた。
「けいに妻がいることを知っていたくせに。
真夜中に彼を呼び出し、雷雨のときも、子供が熱を出したときも、電球を替えるときさえも彼を呼んだ。
あなたは、『私が呼べば、彼は妻まで捨てて私のもとへ駆けつけてくれる』ということを証明したかっただけじゃないの?」
結月の顔色が青ざめた。
けいが彼女の前に立ちはだかった。
「もういい」
私は彼女の前に立つ男を見つめた。
7年間の結婚生活。
彼がこれほどまでに私を警戒するのは初めてだった。
私はうなずいた。
「そうね」
そして、私は背を向けて立ち去ろうとした。
しかしその時、けいが私の手首を掴んだ。
「ネネ、家に帰って話そう」
私は彼の手を振りほどいた。
「あそこはもう私の家じゃないわ」
彼の声が張り詰めた。
「どういう意味だ?」
私はタクシーを止め、乗り込む前に、振り返って彼を見た。
「けい、私は昨日の夜、もう引っ越したのよ」
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