私は空へ、あなたは後悔の中へ第2話
この話は約2134字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
そして、1ヶ月後はちょうど怜の誕生日。その時に、プレゼントとしてこれを渡してあげよう。それまで、自分は我慢すればいい。
そう考えると、張り詰めていた遥の心がすっと軽くなった。
一階でシャワーを浴び終え、寝室に戻ると怜はもう寝ていた。
寝ていてもなお、彼は遥を抱き寄せて寝言を言う。
そしてどの寝言も、汐里に関係するものだった。
この2年間、遥はもう慣れきっていた。
かつては、自分が諦めなければ、いつかは振り向いてもらえると信じていた。
だが、自分のそんな努力なんて、すべて無駄だった。
だからもう、無理に頑張り続ける必要なんてない。
翌日の朝9時、遥は空港へと向かった。
オフィスのホワイトボードには、今週のフライト予定が詳しく書かれている。
怜に同行する副操縦士として、今日の午後3時のフライトも、変わらず怜と同じフライトに乗務しなければならない。
準備を終え、遥は定刻通りにコクピットへ入った。
少し遅れてきた怜を一目見れば、彼が何を求めているかはすぐに分かる。遥はそっと手袋を怜に手渡した。
一緒に乗り込んできた客室乗務員が、二人の息の合った様子を見て冷やかす。
「さすが長年一緒にやってきただけありますね。お二人とも、息ぴったりです。私の弟がもうすぐ航空大学校を卒業して、目標は神谷機長なんて言ってるんですけど、当分席は回ってきそうにないですね」
怜は口元を少し上げると、隣の遥を見た。「俺と遥は最高のパートナーで、ずっと一緒さ」
前の遥なら胸をときめかせていたはずだろう。
しかし今日は、言葉を返すこともなく、黙々とシート位置を調整する。
飛行機は問題なく離陸した。
だが、着陸の30分前、突然の乱気流に見舞われ、機体が大きく揺れ始めた。
客室では物が散乱し、乗客の悲鳴が上がる。客室乗務員たちもパニックになり、手が付けられない状態だった。
そんな状況下でも、怜は冷静さを保ち、緊急着陸の準備をしつつ機内放送でアナウンスを行う。
遥も気を抜かずに、乱気流の状況を細かく確認し続けた。
乗務員を落ち着かせた後、怜はティッシュを何枚か取り、優しく遥の額の汗を拭い、軽く冗談を飛ばした。
「遥、大丈夫だよ。もし本当に何があっても、一緒に埋めてもらえれば、死ぬまで一緒だってことだろ?」
遥は視線を落とし、言葉を返す代わりに管制塔への連絡を続ける。
30分間の管制誘導の末、機体は無事最寄りの空港に着陸できた。
この神谷夫婦の完璧な対応は業界内で瞬く間に広がり、称賛の声が上がった。
フライトを終えて戻ると、一緒に乗っていた同僚たちがコーヒーを差し入れてくれ、ため息交じりに言った。
「人の本心は非常時にこそ表れるって言うけど、あんな危険な状況でも神谷機長が真っ先に心配したのは遥副機長だったね。本当に羨ましいよ」
「私だって、あんなに気が利いて、かっこいい旦那さんと結婚できたら、思い残すことなんてない!そうでしょ、遥副機長!」
遥は曖昧に笑って、そのまま休憩室へと戻る。
扉を開けると、机に置かれている怜の携帯がしきりに震えていた。
何気なく手に取ると、そこに表示されていたのは汐里の名前で、遥は少し迷ったが、電話に出ることにした。
「怜、大丈夫?無事なの?あんな遺言みたいなメッセージ突然送ってくるなんてさ……」
今にも泣きそうな汐里。遥は少し戸惑い、なんと言ったらいいか分からなかった。
いつまで経っても返事がないためか、汐里は何度か「もしもし?もしもし?」と繰り返したあと電話を切った。
通話が終わると、ラインのトーク画面へ自動的に戻った。
すると、遥の目に飛び込んできたのは、怜が30分ほど前に顧問弁護士へと送ったメッセージ。
【もし自分が事故で他界した場合、私名義の財産はすべて、妹である汐里に譲渡してください】
それと同時に、ピン留めされた汐里へのメッセージにも目が止まった。
【今日の機内トラブルが起こった時、ここで死んでも悪くないなって思ったんだ。夫婦生活を終えることはできるし、汐里が俺のために泣いてくれるって思ってさ。
俺は天国で待ってるから。もし生まれ変わったら、次は兄妹じゃない関係で会いたいな】
メッセージを読み終えた遥は、胸に何かがつかえたような、息苦しさを覚えた。
ドアの方から足音が聞こえてきたので、慌てて携帯を元に戻し、背を向け外に出る。
怜とすれ違ったとき、名前を呼ばれたが、遥は聞こえないふりをして通り過ぎた。
屋上でしばらく冷たい風に当たり、遥は次の指示を待った。
気持ちを切り替え、何事もなかったかのようにオフィスへと戻る。
フライトレポートを書き終えた怜は、真っ先に汐里の元へ向かっていった。
自分を振り返りもしない背中を見て、遥は少し俯き、そのままタクシーを止めた。
帰宅すると、段ボールを用意し、家中の不用品を片付け始める。
半分ほど片付けたところで怜が帰宅し、何をしているのかと聞かれた。
遥が「しばらくの間留守にするから片付けてるだけ」と言うと、彼は特に気にも留めず、頷いた。
自分に無関心な怜を前に、遥は少し沈黙したあと、静かに口を開く。「夏のシャツは引き出しの中に、薬箱は倉庫に移動させたから。あと、大切な書類は書斎の……」
あまりにも細かいことに、怜は違和感を覚え、話を遮った。
「なんでそんなこと俺に言うんだ?」
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)